愛撫 静物 庄野潤三初期作品集

「愛撫 静物 庄野潤三初期作品集」

庄野潤三はなかなか不思議な作家で、平易で親しみやすい文章の中に、どこか捉えどころのない不穏さが漂っている。

表題作の一つ「静物」は、子どもたちとの他愛もない断片的な会話を連ねた作品。意味深なようで、実は意味もなくただ日常を綴っただけかもしれない気もする奇妙な手触り。

村上春樹は「第三の新人」世代を中心に取り上げた「若い読者のための短編小説案内」の中で、「静物」について、著者が創作手法についてどれだけ自覚的であったか分からないことを指摘した上で、文学史に残る作品と位置づけている。

後に書かれた長編「夕べの雲」では、日常を書き綴っていく手法に自覚と確信が見られるが、「静物」ではまだ作者自身が御しきれていない印象を受ける。それを散漫と感じる人もいるだろうし、奥行きと感じる人もいるだろう。

もう一つの表題作「愛撫」は、妻の過去に偏執狂的な関心を示す夫と、抑圧された妻の心のひだを描いた作品。こうした初期の内面を追究する手法を捨て、「静物」や「夕べの雲」のような作品に至ったのが興味深い。

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