鳳仙花

中上健次「鳳仙花」

 

 十数年ぶりに再読。「路地」という極めて小さな世界を描きながら神話的といわれる中上健次の作品群において、まさに神話の始まりを綴った作品。

 「岬」「枯木灘」「地の果て至上の時」三部作の主人公・秋幸の母フサは、兄への憧憬を抱えながら、15歳で故郷の古座を離れて新宮に奉公に出る。勝一郎、龍造、繁蔵の3人の男と出会ったフサは、性を知り、子を産み、母として豊穣な物語の源流となる。

 「岬」三部作では、実父、龍造の存在が物語の中心となっていたが、この「鳳仙花」や「千年の愉楽」で、母フサや産婆オリュウノオバの物語を描いたことによって、中上の作品世界は神話と呼ばれるだけの広がりと普遍性を持った。

 フサの母が死に、四十九日の場面で物語は終わる。新宮を舞台とした神話の源流であるフサもまた、それ以前から続く血の物語の一部にしかすぎない。たったひとりの人間、たった一滴の血、それがこれほど豊かな物語を紡いでいく。そのことを鮮やかに示したというだけでも、日本文学の到達点と呼ぶにふさわしい。

コメントを残す