マチネの終わりに

平野啓一郎「マチネの終わりに」

どちらに否があるというわけでもないのに、成就しなかった恋愛。
結果的に別の人生を歩むことになった二人がふとした偶然で顔を合わせ、それぞれの日常へ戻っていく「シェルブールの雨傘」のラストシーンは“大人の恋愛物語”の金字塔と言えるだろう。

「マチネの終わりに」で描かれる男女の関係も、成就されなかったが故に、それぞれの人生で大きな意味を持つ。

世界的なクラシック・ギタリストと、通信社で働く女性ジャーナリスト。40歳を挟んだ数年間で、二人は強く惹かれあいながら、偶然のすれ違いで結ばれることなく、別の家庭を持つことになる。

作中で繰り返されるのが、未来とともに、過去も変わるということ。人は現在を生きながら、過去に新たな意味を付与していく。こうだったかもしれないという別の可能性の発見や否定を重ね、常に過去の思い出は更新されていく。

あれは偶然だったのか、運命だったのか。過去には、奇跡のようにきらめく一瞬もあれば、顔を覆いたくなるような失敗を見つけることもある。もし過去の色彩が記憶の中で変容していくなら、意志を持って、それを“良いもの”に変えることもできるだろう。

ストレートな恋愛小説としての骨格に、イラク戦争や金融危機などの国際情勢や、芸術家として苦悩が挟まれる。序盤、主人公二人があまりに才能ある人物過ぎて、その気取った恋愛小説の雰囲気にやや抵抗を感じたが、読み進めるうちに、その丁寧な内面描写と普遍的な恋愛物語としての構造に引き込まれた。

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