海と毒薬

遠藤周作「海と毒薬」

戦時中に九州帝大で行われた米兵捕虜に対する生体解剖事件を題材とした作品。著者の初期の代表作の一つで、手術に立ち会った医学生や看護師のそれまでの人生を描きながら、日本人における罪の意識のあり方を浮かび上がらせる。

太平洋戦争末期、西部軍は処遇に困った捕虜を裁判を経ずに死刑と決め、生体解剖の実験台として医学部に提供した。どこまで肺を切除して生きられるか。どこまで塩水が血液の代わりを務められるか。結核の治療や戦時医療のためと称して、8人の米兵捕虜が手術台の上で殺された。

事件のドキュメントや記録を意図した小説ではなく、登場人物も実在の人物とは関係のない創作色の強い作品。どうせ死刑にされるなら、自分の責任でないのなら、罰せられないなら――何をしても良いのか。一神教の神を持たない日本人のあいまいな倫理感覚とともに、「そうせざるを得なかった」という状況で人が容易く流されていくさまが描かれる。クリスチャンの著者らしいテーマだが、ナチスや現代の戦争にも通じる普遍的な問題でもある。

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