アムリタ

吉本ばなな「アムリタ」

 

男好きする母、年の離れた繊細な弟、下宿しているいとこ、訳あって身を寄せている母の幼なじみ、頭を打って記憶が不確かな私。少し変わった五人家族。

妹は若くして死を選び、私はその恋人と付き合い始める。どこまでも続いていきそうな穏やかな日常に、当たり前の日常から少しずれてしまった人々が登場する。

何気ない日々の中に数え切れないほどの奇跡があるということ。世界は不確かで、時とともに何もかもが変わっていってしまうこと。「私」の視点で、ちょっと戸惑ってしまうような感傷的な文章が続く。ただ、読み進めるうちにその感傷が澱のように積もっていき、不思議と心に残った。

「いつでもそこにふんだんにあって、めったに触れえない輝かしいものがある。私はそれが時々私を包んでいるのを感じる。右から左へ、あの時からここへ。流れる水のように、ふんだんに、使えば使うほどつきることのない甘い酸素。空中から苦もなく宝石を取り出すという伝説の聖者のように、私はその取り出し方が確かにこの体のなかにそなわっているということを、いつでも感じていた」

本書の初版は1994年。こうした感傷が全面に出た小説は最近はあまり無い。村上春樹の初期の作品なども今読むとかなり感傷的だし、社会が急激に変化した80年代から90年代前半にかけてこうした小説が書かれ、広く共感されたのはよく時代を表している気がする。90年代の半ばを過ぎると、社会の変化は停滞し、変わらない、あるいはゆっくりと悪くなっていくという空気が支配的になって、それはフィクションの世界にも(その多くは目をそらすという形で)影を落としているように感じる。

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