アラビアの夜の種族

古川日出男「アラビアの夜の種族」

古川日出男版「千夜一夜物語」。2段組約700ページ。文庫版は3巻で1000ページを超す大部ながら、夢中になって読み進めた。日本推理作家協会賞と日本SF大賞受賞と聞くとまるでジャンルが分からない作品だが、ファンタジー小説と呼ぶのが適当だろう。

ナポレオン軍の侵攻が迫るカイロで、奴隷出身の執事アイユーブは、類い希な技能を持つ語り部とともに、読んだものを骨抜きにする「災厄の書」の作成を始める。誰もが魅了される物語と前置きして作中作を挿入することは、作家としては非常に大きな挑戦だが、著者の奔放な想像力は圧倒的な熱量の冒険譚を生み出した。
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古事記 池澤夏樹=個人編集 日本文学全集07

池澤夏樹=個人編集 日本文学全集01
古事記

池澤夏樹編の日本文学全集。第1巻では編者自ら古事記の新訳に取り組んだ。

古事記に関しては、石川淳の「新釈古事記」が素晴らしく、流麗で格調高い文章と読みやすさを両立していて何度読んでもため息が出てしまう。ただ、かなり言葉や要素を補っているため、現代語訳というよりは石川淳の作品と呼んだ方が相応しい。

池澤夏樹は本文を加筆することは極力避け、ページ下部に膨大な注釈を付けた。このことによって、神や人の名前の列記と、物語に挿入された数々の歌が大半を占める原典の構成がよく分かるようになった。特に名前の列記について池澤訳はこだわりを見せ、改行などで非常に見やすく並べている。
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枕草子/方丈記/徒然草 池澤夏樹=個人編集 日本文学全集07

池澤夏樹=個人編集 日本文学全集07
枕草子/方丈記/徒然草

「山が崩れて、川を埋めた。平らなはずの海が、斜めに突き刺さるように、陸を襲った。(中略)震災の直後、人びとは、少し変わったように見えた。目が覚めた。まったくどうしようもない社会だったんだ、といい合ったりしていた。おれたちは、欲に目がくらんでいたんじゃないか、とも。そう、人も社会も、震災をきっかけにして変わるような気がしていた。だが、何も変わらなかった。時がたつと、人びとは、自分がしゃべっていたことをすっかり忘れてしまったのだ」

この「震災」は、今から800年以上前に起きた元暦の地震(文治地震)のこと。

池澤夏樹編の日本文学全集。7巻は三大随筆の現代語訳。酒井順子訳「枕草子」、高橋源一郎訳「方丈記」、内田樹訳「徒然草」。優れた訳文によって、三者三様の雰囲気がよく出ており、清少納言、鴨長明、吉田兼好というのはこういう人だったんだなあということがよく分かる。
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鳳仙花

中上健次「鳳仙花」

 

 十数年ぶりに再読。「路地」という極めて小さな世界を描きながら神話的といわれる中上健次の作品群において、まさに神話の始まりを綴った作品。

 「岬」「枯木灘」「地の果て至上の時」三部作の主人公・秋幸の母フサは、兄への憧憬を抱えながら、15歳で故郷の古座を離れて新宮に奉公に出る。勝一郎、龍造、繁蔵の3人の男と出会ったフサは、性を知り、子を産み、母として豊穣な物語の源流となる。
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ワンダー Wonder

R.J.パラシオ「ワンダー Wonder」

「オーガストはふつうの男の子。ただし、顔以外は」

遺伝子疾患で“特別”な顔に生まれた少年オーガストを巡る物語。5年生から学校に通い始めたオーガスト、その姉、友人らの視点を通じて一年が語られる。顔を見て驚き、目をそらす子。菌がうつると陰口を叩いたり、直接いやがらせをする子。やがてオーガストとの距離を巡って、クラスは分裂してしまう。

平易な文章で綴られながら、本人や周りの大人、級友たちの感情が丁寧に描かれ、その人間関係の中でオーガストだけでなく、一人一人が成長していく。おそらくこの本を手にする多くの人が、誰か一人ではなく登場する全ての人物、立場に自分を重ねてしまうだろう。
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日本人の英語

マーク・ピーターセン「日本人の英語」

海外を一人旅したと言うと、英語が堪能だと勘違いされることが多い。海外に行ったといってもその多くが英語が通じない土地だし、旅をして何を学んだかといえば、言葉が通じなくてもコミュニケーションは取れるという事実であって、英語を磨こうという努力は早々に放棄してしまった。

英語で会話するためには、思考も英語で行わなくてはならない。ところが、残念ながら英語で思考するための仕組みは日本の学校教育では身につかない。思考の中で占める冠詞の位置づけや、数、時間の感覚などが英語と日本語では大きく異なるが、その違いについての丁寧な説明は学校ではしてくれない(おそらく教師自身もよく分かっていないのだろう)。

「日本人の英語」は1988年刊の名著。日本語と英語の発想の違いを丁寧に解き明かしてくれる。英語の習得に有用なだけではなく、日本語話者と英語話者の思考の違いについての興味深い解説書でもある。
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旅行人166号(インド、さらにその奥へ、1号だけ復刊号)

「旅行人166号(インド、さらにその奥へ、1号だけ復刊号)」

6年前に休刊した「旅行人」がまさかの復刊!
1号だけとはいえ、非常に読み応えのある内容でうれしい。

特集は「旅行人」の、そして多くのバックパッカーにとっての原点とも言うべきインド。と言っても「旅行人」らしく、取り上げられているのはディープな地域ばかり。先住民族ミーナーの壁画を探すラージャスターンの旅から、タール砂漠に住むトライブの世界、アルナーチャル・プラデーシュ州のアパタニ族の村、インド文化圏の外に位置するナガランド、などなど。
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小説「聖書」

ウォルター・ワンゲリン 小説「聖書」旧約篇上新約篇

  

神学者でもあり、作家でもある著者が、聖書の膨大なテキストを小説の文体で書き下ろした。

天地創造、神とアブラハムの契約、モーセの出エジプト、ダビデとソロモンの時代、バビロン捕囚。旧約聖書に書かれたエピソードの一つ一つは多くの人が知っているだろうが、全体を通読したことがある人はキリスト教徒やユダヤ教徒以外では稀だろう。膨大な断片の集まりである聖書を、神学者としての緻密な解釈に立脚しつつ、原典に忠実に、現代の読み物として蘇らせた著者の仕事はまさに偉業と言える。
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