日本文学には古くから私小説(あるいは随筆文学)と紀行文の伝統がある。西洋人として初の日本文学の作家としてデビューした著者は、その二つの伝統を受け継いだ作品をものしてきた。
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Humankind 希望の歴史 人類が善き未来をつくるための18章
ルトガー・ブレグマン著、野中香方子訳「Humankind 希望の歴史 人類が善き未来をつくるための18章」
人間は本質的に善良か、野蛮か。利己的か、利他的か。人間が信じるに足るものかどうかは、古来さまざまな分野で議論の対象になってきたが、近代社会はホッブズに代表されるような性悪説に基づいて構築されてきた。法や権力者の支配がなくては、人間社会は「万人の万人に対する闘争」に陥ってしまう――。そうした考え方は多くの人の心に根付いている。
しかし、著者は「ほとんどの人は本質的にかなり善良だ」と言い切る。人間の残酷さの証明とされるスタンフォードの監獄実験や、ミルグラムの服従実験などの欺瞞を暴き、人類がいかに協調性に富み、利他行為を厭わず、同胞を傷つけることに抵抗を覚える種かということを証拠とともに浮かび上がらせていく。その筆の運びはスリリングだ。
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ジュリアン・バトラーの真実の生涯
トルーマン・カポーティやノーマン・メイラーらと並ぶ米文学のスターで、「20世紀のオスカー・ワイルド」とも呼ばれたジュリアン・バトラー(1925~77年)。妖艶なたたずまいと奔放な言動、過激な作風でメディアをにぎわす一方、その私生活は長く謎に包まれていた。本書は、生前の彼をよく知る覆面作家、アンソニー・アンダーソンによる回想録の邦訳。
<以下ネタバレ>
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姉の島
海は多くの命を生み出し、飲み込み、包み、育んできた
舞台は九州の離島。海女仲間や家族らの他愛ない会話が続く。島の海女には、ある年齢から歳を二倍に数える倍暦という風習があり、百数十歳という年齢に記紀神話の世界が重なる。読みながら、この作品世界が心地よく、いつまでも身を浸していたいと思う。
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三体/三体Ⅱ 黒暗森林/三体Ⅲ 死神永生
しばらく読書メモをつける習慣が途絶えてしまっていたけど、1年の終わりに、印象に残ったものだけはまとめておこうと思う。
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今年、フィクションでもっとも楽しく読んだのは多分に漏れず「三体」三部作。全5巻。
読んでいる間、現実と物語の重さが逆転してしまうほど引き込まれる作品というのは滅多に出会えるものではないけど、これは、わりと本気で仕事とかどうでもよくなるほど作品世界に浸ることができた。1週間、寸暇を惜しんで読み続けた。
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壁
2009年秋から今は無きソーシャルライブラリーで記録を付け始め(11年からは読書メーター)、以降いつ何を読んだかがはっきり分かる。この本はちょうど10年ぶりの再読。たしか高校生の時に初めて読んだ安部公房の作品もこの本だった(「砂の女」だったかも)。
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文章読本さん江
谷崎潤一郎、三島由紀夫、丸谷才一ら文豪の「文章読本」から、本田勝一の名著「日本語の作文技術」、さらにレポートや論文の書き方といった本まで、古今の文章指南書を滅多切り。口語文の誕生前後から現代まで文章術の本の系譜をたどり、国語教育の歴史にまで踏み込み、文章という表現の本質を探る。王様が裸だと喝破し、「良い文章」という目標を脱構築する。軽妙な文章だが、非常に充実した内容。
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ニール・ヤング回想 Special Deluxe : A Memoir of Life & Cars
旧車マニアであるニール・ヤングが車との関わりを軸に半生を振り返った回想記。原題は「Special Deluxe:A Memoir of Life & Cars」。
ロックのレジェンド、我が道を行くという点ではディランと双璧ともいえるニールの半生は、それだけでも興味深い。ただ、自伝や伝記は既にあるし、内容はそちらの方が細かい。×年型○○と車の名前が次々と出てくるからアメ車ファンにはたまらない内容だろうが、自分にはその方面の知識も車への関心も全く無い。さらに、学術書のような値段(4800円)が、手に取るのをためらわせていた。
しかし、いざ読み始めてみると、これがめちゃくちゃ面白い(自分がニール・ヤングの熱狂的なファンであるということを差し引いても)。
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西脇順三郎詩集
「西脇順三郎詩集」那珂太郎編
西脇順三郎の詩は難解と言われる。時間も場所も飛び越えた奔放なイメージの連なりは、たしかに分かりやすい物語ではない。しかしそこに描かれている情景は、植物だったり、自然の地形だったり、日々の生活の一コマだったり、決して日常からかけ離れたものではない。詩の良し悪しを語れるほどの知識も感性もないけど、解釈しようという意思を捨て、イメージのコラージュに身を任せるだけで、その世界を十分に楽しむことができる。
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夢も見ずに眠った。
仕事が長続きしない夫と金融機関に勤める妻。婿養子として妻の実家に同居している夫を残して、妻は単身赴任で札幌に赴く。夫婦のすれ違いの物語だが、二人の感情を綴る筆は穏やかで、どこかチェーホフ的な喜劇のようでもある。
挫折も失敗も重ねながら、二人の関係は続いていく。岡山から北海道まで、旅行や転勤先の風景が二人の人生の背景を彩る。ロードノベルとしての魅力もある。
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