二千億の果実

宮内勝典「二千億の果実」

「純文学」の小説がどうも小ぶりになっているような印象を受ける。日常を通じて普遍を描くこともできるだろうし、それこそが文学の可能性だろうけど、ただの本読みとしては、単純にもっとスケールの大きい小説を読みたいと時々思う。

前作「永遠の道は曲りくねる」をはじめとして、著者の作品のスケールは大きい。作品の長さそのものとは関係なく、人類の経験したすべてを小説にしたいという迫力が感じられる。
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ケアの倫理とエンパワメント

小川公代「ケアの倫理とエンパワメント」

「ケア」という言葉が最近よく聞かれるようになったが、それはこれまでの社会において、いかにケアという営為が軽んじられてきたかの裏返しだろう。近代社会では経済的・精神的な「自立」が重んじられ、他者に配慮し、関係性を結ぶ「ケア」の営為は軽視されてきた(その上で、介護や育児などのケア労働は女性などの弱い立場に押し付けられてきた)。

社会・経済活動の中でケアの価値観が軽視されたことは、文学作品の読解にも影響を与えていたのではないか。著者は「ケア」の視点から古今東西の文学作品を読み解き、近代的な価値観のもとで見過ごされてきた要素を丁寧に拾い上げていく。
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小屋を燃す

南木佳士「小屋を燃す」

「畔を歩く」「小屋を造る」「四股を踏む」と表題作「小屋を燃す」の4編。医師として働きながら、私小説的な等身大の小説を発表してきた著者の退職後の日々。

うつ病を発症し、理想通りにはいかなかった医師としての半生。そして、退職。地元の仲間たちと小屋を建て、酒を酌み交わす。その日々もやがて終わりを告げる。
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笛吹川

深沢七郎「笛吹川」

再読。

戦国時代の笛吹川沿いに暮らした農民一家の物語。武田家の盛衰を背景に、歴史に名を残すこともない人々が次々と生まれては死んでいく。

そこには、意味もドラマもない。戦国時代を描いてはいるが、いわゆる時代小説、歴史小説とは全く手触りが違う。著者は、歴史でも過去でもなく、人間という存在の本質的な軽さのようなものを見つめている。
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感傷旅行(センチメンタル・ジャーニィ)

田辺聖子「感傷旅行(センチメンタル・ジャーニィ)」

表題作は、数々の名作を著した文豪(という呼称はあまり似合わないかも)の記念すべき芥川賞受賞作。豪快なキャリアウーマンが「(共産)党員」に恋して大騒ぎ。著者らしいユーモア溢れる男女の物語。

表題作も面白いが、併録作がいずれも素晴らしい。すれ違えない狭い田舎道で鉢合わせた路線バスの運転手の意地の張り合いを描く「山家鳥虫歌」、タイトルからは想像できない痛快な下ネタ「喪服記」、ほかに「大阪無宿」「鬼たちの声」「容色」「とうちゃんと争議」「女運長久」。何気ない日常の一場面を重ねていって人生の哀歓を浮かび上がらせる。諷刺が効いていて、やわらかな大阪弁も読んでいて心地いい。
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