笛吹川

深沢七郎「笛吹川」

再読。

戦国時代の笛吹川沿いに暮らした農民一家の物語。武田家の盛衰を背景に、歴史に名を残すこともない人々が次々と生まれては死んでいく。

そこには、意味もドラマもない。戦国時代を描いてはいるが、いわゆる時代小説、歴史小説とは全く手触りが違う。著者は、歴史でも過去でもなく、人間という存在の本質的な軽さのようなものを見つめている。

人には誰にでもドラマがあると言われるし、全ての人生が代替不可能な唯一無二のものであることを浮き彫りにするのも小説や物語の役割だろう。一方で、それはミクロの視点であり、マクロな、神の立場に立てば、個々の人生に意味はない。本作で人々は虫けらのように死んでいくが、超越者にとって人間と虫の命に違いはない。宇宙から見れば、人間どころか生命の存在そのものも無価値に等しい。

叙述の視点の置き方が独特で、いわゆる三人称・神の視点ではあるが、登場人物に対する距離の取り方は近代小説というより古典に近い印象を受ける。ガルシア・マルケスの「百年の孤独」を連想したが、刊行年を調べたら、この作品の方が9年早い。

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