2023年まとめ

Amazonの仕様変更に伴い、画像リンクが表示されなくなってしまった。書影がないとどうにも殺風景だけど、過去記事を全て修正するのはかなりの手間。さてどうするか……。以下は昨年のまとめ。

2023年に読んだ本は126冊(前年比47減)、3万9048ページ(同7263減)。

小説で良かったのは、まずこの2作。

吉田修一「永遠と横道世之介」
津村記久子「水車小屋のネネ」

誰かが存在すること/したことの幸福。出会えた喜び。
そして、人は概ね親切であるということ。
どちらも物語そのものに大きな起伏はない。軽やかな読み心地の日常描写が続いていく。でも、読み終えて世界が鮮やかになる。

<「……でも、安心なさい。あなたが死んでも、世の中はそれまでと変わらず動いていきますよ。二千花ちゃんが亡くなってからもそうだったように。……でも、もうあなたになら分かるでしょ? 同じように見えても、やっぱり少し違う。二千花ちゃんがそこにいた世界と、最初からいなかった世界ではやっぱり何かが違う。それがね、一人の人間が生きたってことですよ」
 世之介は眩いような墓地を見つめた。いくつもの墓石が強い夏日を浴びている。
 確かにもう二千花はいない。でも、目の前に広がっているのは、二千花がいたことのある世界である。>

これは「永遠と」に登場する和尚と世之介のやり取り。この2冊は今読めて良かったと心から思った。

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「街とその不確かな壁」は良くも悪くも“村上春樹的”な小説の完成形。良くも悪くも、と書きつつ長年の読者としては、やはり良い。幻の旧作「街と、その不確かな壁」と読み比べると面白い。(「文學界」1980年9月号収録。国立国会図書館でコピーできる)

そして、上田岳弘「最愛の」。初期はSF的なスケールの大きな作品が多かった著者だが、この作品ではリアリズムに徹し、同時に村上春樹への愛を隠そうとしない。「ノルウェイの森」を現代で書くとどうなるかという危険な冒険。最近読んだ小説では、最も人の感想を聞いてみたいと感じた。
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2022年まとめ

2022年に読んだ本は173冊(前年比6増)、4万6311ページ(同581減)で前年並み。良い本はたくさんあったけど、強い印象を残した本は少なく、ベスト30は挙げられてもベスト10は難しい、そんな年。

前年に続き、新刊中心の読書。新作で大傑作に当たる確率は、時間による淘汰を経た作品群に比して言うまでもなく低い。にもかかわらず、わりと良い本が多かった印象が残ったのは、当たり年だったということかもしれない。文學界新人賞の年森瑛「N/A」、文藝賞の安堂ホセ「ジャクソンひとり」、日比野コレコ「ビューティフルからビューティフルへ」など、新鋭の作品が充実していた。

  

ただデビュー作ということもあって、いずれも小振りな作品。それに対して小説ならではの凄みに満ちていたのは、古川日出男「曼陀羅華X」、古谷田奈月「フィールダー」、島田雅彦「パンとサーカス」といった中堅、ベテラン陣の長編。

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三体X 観想之宙

宝樹「三体X 観想之宙」

古典や名作のパロディなどを除けば、二次創作でこれほど広く読まれた作品は他にないのでは。劉慈欣「地球往時」(三体)シリーズの熱心なファンが書いた続編であり、謎解き編。著者・宝樹はその後、オリジナル作品で飛躍し、現代中国を代表するSF作家の一人になっている。

三部作で残った謎にみごとな解釈をあて、特に第二部の結末から第三部への急展開における、三体文明の変化の理由と地球文明の失敗についての説明は説得力がある。
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Bowie’s Books―デヴィッド・ボウイの人生を変えた100冊

ジョン・オコーネル著、菅野楽章訳「Bowie’s Books」

副題は「デヴィッド・ボウイの人生を変えた100冊」。一人の少年がいかにして「デヴィッド・ボウイ」になったのか。13年に英国から始まった自身の大規模な回顧展に際し、ボウイが寄せた「愛読書100冊」のリストをもとに、希代の音楽家の人生と音楽に読書がいかに影響を与えたかを解き明かす刺激的な一冊。
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2021年まとめ

2021年に読んだ本は167冊(前年比↑47)、4万6892ページ(同↑1万159)。

  

一番面白かったのは「三体」三部作として、それを除いて、小説の新刊から個人的な好みを加味してベスト5を選ぶと、村田喜代子「姉の島」、リービ英雄「天路」、藤沢周「世阿弥最後の花」、川本直「ジュリアン・バトラーの真実の生涯」、宮内勝典「二千億の果実」。
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二千億の果実

宮内勝典「二千億の果実」

「純文学」の小説がどうも小ぶりになっているような印象を受ける。日常を通じて普遍を描くこともできるだろうし、それこそが文学の可能性だろうけど、ただの本読みとしては、単純にもっとスケールの大きい小説を読みたいと時々思う。

前作「永遠の道は曲りくねる」をはじめとして、著者の作品のスケールは大きい。作品の長さそのものとは関係なく、人類の経験したすべてを小説にしたいという迫力が感じられる。
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その農地、私が買います 高橋さん家の次女の乱

高橋久美子「その農地、私が買います 高橋さん家の次女の乱」

今や地方の土地は負の資産になりつつある。貸駐車場に転用できるような土地はまだいいとして、中山間地の農地や山林などは放置するわけにもいかず、かといって買い手もいない。

父が実家の田んぼを太陽光パネルの業者に売る――。母からの電話でそのことを知った著者は、自ら土地を買い取り、田畑として維持することを決意する。その後の試行錯誤の日々をまとめたエッセー集だが、これが滅法面白い。
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