能の大成者、世阿弥の晩年には、死没地を含め不明な点が多い。72歳で時の将軍、足利義教に疎まれ、佐渡に配流。その2年前には長男、観世元雅に先立たれている。本書はそんな失意の日々に光を当て、世阿弥が佐渡で見つけた「最後の花」を浮かび上がらせる。
世阿弥は能の理論書「風姿花伝」で、理想の美を「まことの花」と表現した。佐渡に渡った世阿弥は、村人らとの交流を通じて生活の中に息づく美を見いだし、創作意欲を取り戻す。「美は、十方世界を変えましょう」という言葉通り、佐渡の人々によって世阿弥が変わるとともに、世阿弥の能が周りの人々を変えていく。
世阿弥が確立した「夢幻能」では、シテの死者の声をワキの僧などが聞くが、本作では元雅の霊がワキをつとめ、シテの世阿弥の晩年を見届ける。この小説そのものが、まるで能を見ているような静かな美しさに満ちている。
読み終えた時、「花」は人の心の中に咲き、人と人との間で育つ、そんなことを考えた。