花柳界の記憶 芸者論

岩下尚史「花柳界の記憶 芸者論」

芸者。日本文化のアイコンの一つとされながら、その実態はよく知られていない。遊女と混同されることもあるが、吉原などの廓において職掌は明確に分けられ、芸者の売色は固く禁じられてきた。新橋演舞場に勤め、東都の名妓に長年接してきた著者による本書は、古代の巫女にまで遡って芸者と遊女の本質を探る優れた日本文化論となっている。
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文楽の女 吉田簑助の世界

吉田簑助、山川静夫「文楽の女 吉田簑助の世界」

お初・徳兵衛(曽根崎心中)、お軽・勘平(仮名手本忠臣蔵)、お染・久松(新版歌祭文)、お半・長右衛門(桂川連理柵)……。
浄瑠璃などの近世文学に登場するカップルの名前は、大抵女性の名が先に語られる。それは物語の主人公が男であっても、究極的には女性の運命を描いていると多くの人が感じるからだろう。

社会の理不尽に絶え、時には運命に抗い、意地を通そうとする姿は男の登場人物以上に存在の光を放つ。その文楽の女たちについて、当代一の人形遣い、吉田簑助の芸談を挟みつつ、魅力を綴る山川静夫のエッセイ集。94年刊行本の新書版。
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平家物語 池澤夏樹=個人編集 日本文学全集09

池澤夏樹=個人編集 日本文学全集09
古川日出男訳「平家物語」

祇園精舎の鐘の声/諸行無常の響きあり/沙羅双樹の花の色/盛者必衰の理をあらはす

冒頭の文章は誰でも知っているのに、ちゃんと平家物語を読み通したことがある人は少ないのでは。古川日出男は壮大な軍記物語を、現代の小説の文体を取らず、あくまで琵琶法師の語りとして現代に蘇らせた。

「祇園精舎の鐘の音を聞いてごらんなさい。ほら、お釈迦様が尊い教えを説かれた遠い昔の天竺のお寺の、その鐘の音を耳にしたのだと想ってごらんなさい。
諸行無常、あらゆる存在(もの)は形をとどめないのだよと告げる響きがございますから」

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僕らの歌舞伎: 先取り! 新・花形世代15人に聞く

葛西聖司「僕らの歌舞伎: 先取り! 新・花形世代15人に聞く」

次代の花形15人のインタビュー集。

松也、梅枝、歌昇、萬太郎、巳之助、壱太郎、新悟、右近、廣太郎、種之助、米吉、廣松、隼人、児太郎、橋之助。一人一人の人柄が滲むと同時に、誰に、いつ、どんな教えを受けたのかを具体的に聞いていて、芸の継承や人間関係が分かって興味深い。歌舞伎は家柄が重視されるが、同時に家柄だけで花咲くこともない厳しい世界。15人とも勉強熱心。
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一日に一字学べば…

桐竹勘十郎「一日に一字学べば…」

桐竹勘十郎の芸は、人形に息を吹き込む、という表現が大げさではないことを教えてくれる。

14歳で入門して芸歴50年。修行の日々を振り返りつつ、文楽と人形への思いを語る。芸談というよりも、修行や仕事についての経験談となっており、文楽に興味のない人にも勧められる内容。好きであること、不安だから努力すること、自分で考えること。文楽の世界だけでなく、働くこと全般について考えさせられる。もちろん文楽の入門書としても優れた一冊。
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池澤夏樹=個人編集 日本文学全集10

池澤夏樹=個人編集 日本文学全集10
能・狂言/説経節/曾根崎心中/女殺油地獄/菅原伝授手習鑑/義経千本桜/仮名手本忠臣蔵

池澤夏樹編集の日本文学全集。収録作のセンスも光るが、何より古典の現代語訳者のセレクトが面白い。町田康の宇治拾遺物語、古川日出男の平家物語、角田光代の源氏物語など、組み合わせを聞いただけで、小説好きなら手に取らずにはいられない。

この10巻は能・狂言に説経節、浄瑠璃という芸能分野の作品が収められている。今でこそ馴染みが薄れた作品群だが、どれも中世から江戸時代にかけて広く知られ、日本人の心性を作ってきた物語として必読(教科書に載っているような古典よりずっと影響力があっただろう)。何より「女殺油地獄」の現代性や「菅原伝授手習鑑」「仮名手本忠臣蔵」の構成の妙など、決して古びてなく、純粋に読み物として引き込まれる。訳のレベルも高く、謡い、語られるための曲をどう現代の散文に訳すかに作家の個性がはっきりと出ていて面白い。
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桂春団治

富士正晴「桂春団治」

戦前の落語界で一世を風靡した桂春団治の評伝。上方落語を巡る状況は今に至るまで時代とともに目まぐるしく変わっており、戦前と刊行(1967年)当時のそれぞれの空気が感じられて興味深い。
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天才と名人 中村勘三郎と坂東三津五郎

長谷部浩「天才と名人 中村勘三郎と坂東三津五郎」

天才・中村勘三郎と、名人・坂東三津五郎。同い年で幼少期から切磋琢磨し、歌舞伎界の次代を担うことが期待されながら夭逝した二人。歌舞伎界屈指のサラブレッドの血筋に生まれ、六代目菊五郎と初代吉右衛門の芸を継ぐ勘三郎は、幼い頃から天才であることを求められてきたのだろう。一方、脇役の祖父と父の下に生まれた三津五郎は、守田座座元の系統に連なる矜持を持ちながら、芸域を広げて名人としての評価を確立していく。著者とのプライベートなやりとりを交えつつ、二人の生涯が交互に綴られている。天才と名人の芸だけでなく人柄も伝わってくる良書。

染五郎の超訳的歌舞伎

市川染五郎「染五郎の超訳的歌舞伎」

歌舞伎入門というよりは、名作、新作のあらすじ解説と、それぞれの演目や役に対する思いを綴ったもの。これほど分かりやすい歌舞伎本は無いと言っていいくらい読みやすい。お芝居ごっこをしていた幼少期の思い出から、劇団☆新感線への客演、思春期の妄想が結実した新作歌舞伎の話まで。自ら歌舞伎が好きなのが弱点と言うくらい、歌舞伎にまっすぐ育ってきた人柄が伝わってくる。

恋川

瀬戸内晴美「恋川」

昭和を代表する文楽人形遣いの一人、桐竹紋十郎の生涯を縦軸に、男の芸の世界を描きつつも、基本的には著者らしい女の物語。 紋十郎本人の女出入りに、その弟子、さらに語り手の友人の不倫関係が重なって綴られる。これら全てが、浄瑠璃に語られる男と女の物語の繰り返しにも感じられる。
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