渦 妹背山婦女庭訓 魂結び

大島真寿美「渦 妹背山婦女庭訓 魂結び」

浄瑠璃作者、近松半二の生涯を書く時代小説。近松門左衛門の縁者か弟子のように思われがちな名前だが、直接の関係はなく、半二が門左衛門に私淑して近松姓を名乗った。

近松半二こと穂積成章は、儒学者で浄瑠璃好きの父のもとで育ち、道頓堀の竹本座に通ううちに浄瑠璃を書くようになる。同時代の歌舞伎作者、並木正三と半二を幼馴染みの関係としたフィクションの設定が物語を魅力的なものにしている。
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北方探検の英傑 近藤重蔵とその息子

久保田暁一「北方探検の英傑 近藤重蔵とその息子」

江戸時代後期、千島列島をはじめとする蝦夷地を探検し、北方の開拓・防備に大きな功績を残したものの、不遇の後半生を送った近藤重蔵。その息子で、殺人に手を染めてしまい、流刑先の八丈島で「八丈実記」という大部の地誌を記した近藤富蔵。数奇な運命を辿った父子の物語。
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金色機械

恒川光太郎「金色機械」

時代小説×ファンタジー。珍しい組み合わせのようで、実際には漫画や娯楽小説、八犬伝などの古典から様々な民話にまでさかのぼる日本文学においては鉄板のテーマ。

危険を察知する天賦の才能に恵まれた遊廓の大旦那と、触れた者の命を奪うことが出来る能力を持った女。二人の半生を、金色様と呼ばれる(C-3POを連想させる)未来から来たアンドロイドの存在が繫ぐ。入り組んだ複数のドラマに、安直な予想を裏切る仕掛けも何度か挟まれ、先へ先へと物語はスピードを上げていく。
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銀二貫

高田郁「銀二貫」

大坂を舞台にした時代小説の傑作。仇討ちで父を亡くした武家の少年が商家の丁稚となって――という成長物語を軸とした、いまや珍しいくらい素直な人情もの。銀二貫がそれぞれの人生を変えていく。登場人物の一人一人が魅力的で、主や番頭の商人としての矜持の描き方が気持ちいい。

吉原手引草

松井今朝子「吉原手引草」

吉原で起きた花魁失踪事件を巡って、関係者一人一人の語りで徐々に真実を明らかにしていく。ミステリータッチの物語の面白さもさることながら、タイトルに「手引草」とあるように、語りを通じて、吉原の仕組みから作法まで分かるよう書かれている構成がみごと。内儀、番頭、新造、幇間、芸者、女衒――といった立場の登場人物の口から語られるのは、初会や水揚げ、身請けなどまさに一から十まで。
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幕末あどれさん

松井今朝子「幕末あどれさん」

タイトル(adolescents)通り幕末を舞台とした青春小説。といってもありがちな志士の話ではない。侍になじめず、芝居作者に弟子入りする青年と、部屋住みの身から立身出世を目指し、陸軍所に通って結果的に戊辰戦争に身を投じる青年。忠臣が逆賊となり、人も社会も目まぐるしく変わっていく。遠く長州で戦争が始まり、他人事だった江戸の町にもやがて戦火が迫る。価値観が転倒し、先の見えない時代に生きる人々の悩みが現代にだぶる。いつの時代だって、普通の人が普通に生きて社会に翻弄された。もし自分がこの時代に生きていたら、というリアルな実感を与えてくれる作品だった。芝居町の描写は著者ならでは。

阿蘭陀西鶴

朝井まかて「阿蘭陀西鶴」

西鶴を盲目の娘の視点から描く時代小説。評伝であり、父娘の物語でもある。俳諧師として名を成しながら、やがて草子作者に転じる。市井の人々の抱える物語に興味を持ち、あふれる様に作品を生み出した西鶴の人柄が伝わってくる。「大衆小説」の誕生を描いた作品と言えるかもしれない。舞台は大阪。庶民の生き生きとした描写に、江戸の時代小説とは違う柔らかい雰囲気が漂う。