治安維持法を巡る連作短編集。
「雲雀」「叛徒」「虐殺」「矜恃」の4編で、それぞれ、プロレタリア文学の旗手・小林多喜二、反戦川柳作家・鶴彬、「横浜事件」で弾圧された言論誌の編集者ら、哲学者・三木清を物語の中心に据えている。スパイ小説「ジョーカー・ゲーム」の著者らしく、罪を仕立て上げようとする官憲と、表現者の息詰まる心理戦が描かれる。
「雲雀」では、小説「蟹工船」に向けて取材を重ねる多喜二の姿が、取材を受けた労働者側の視点で描かれる。労働者・谷勝巳は、多喜二の小説を通じて、自らの置かれた環境を客観視するようになる。
<小説を読んで谷は、妙な話だが、自分が乗っている蟹工船がどんなところなのか初めてわかった気がした。(中略)蟹工船が如何に地獄なのか、それだけではなく、如何にして地獄なのか>
国家権力の暴走とともに、多喜二の小説や鶴彬の川柳を通じて「表現とは何か」、編集者たちや三木清の態度を通じて「歴史/時代といかに向き合うか」ということをテーマとしており、著者の作家としての「矜持」も感じられる作品。