三体X 観想之宙

宝樹「三体X 観想之宙」

古典や名作のパロディなどを除けば、二次創作でこれほど広く読まれた作品は他にないのでは。劉慈欣「地球往時」(三体)シリーズの熱心なファンが書いた続編であり、謎解き編。著者・宝樹はその後、オリジナル作品で飛躍し、現代中国を代表するSF作家の一人になっている。

三部作で残った謎にみごとな解釈をあて、特に第二部の結末から第三部への急展開における、三体文明の変化の理由と地球文明の失敗についての説明は説得力がある。
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Bowie’s Books―デヴィッド・ボウイの人生を変えた100冊

ジョン・オコーネル著、菅野楽章訳「Bowie’s Books」

副題は「デヴィッド・ボウイの人生を変えた100冊」。一人の少年がいかにして「デヴィッド・ボウイ」になったのか。13年に英国から始まった自身の大規模な回顧展に際し、ボウイが寄せた「愛読書100冊」のリストをもとに、希代の音楽家の人生と音楽に読書がいかに影響を与えたかを解き明かす刺激的な一冊。
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二千億の果実

宮内勝典「二千億の果実」

「純文学」の小説がどうも小ぶりになっているような印象を受ける。日常を通じて普遍を描くこともできるだろうし、それこそが文学の可能性だろうけど、ただの本読みとしては、単純にもっとスケールの大きい小説を読みたいと時々思う。

前作「永遠の道は曲りくねる」をはじめとして、著者の作品のスケールは大きい。作品の長さそのものとは関係なく、人類の経験したすべてを小説にしたいという迫力が感じられる。
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その農地、私が買います 高橋さん家の次女の乱

高橋久美子「その農地、私が買います 高橋さん家の次女の乱」

今や地方の土地は負の資産になりつつある。貸駐車場に転用できるような土地はまだいいとして、中山間地の農地や山林などは放置するわけにもいかず、かといって買い手もいない。

父が実家の田んぼを太陽光パネルの業者に売る――。母からの電話でそのことを知った著者は、自ら土地を買い取り、田畑として維持することを決意する。その後の試行錯誤の日々をまとめたエッセー集だが、これが滅法面白い。
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ケアの倫理とエンパワメント

小川公代「ケアの倫理とエンパワメント」

「ケア」という言葉が最近よく聞かれるようになったが、それはこれまでの社会において、いかにケアという営為が軽んじられてきたかの裏返しだろう。近代社会では経済的・精神的な「自立」が重んじられ、他者に配慮し、関係性を結ぶ「ケア」の営為は軽視されてきた(その上で、介護や育児などのケア労働は女性などの弱い立場に押し付けられてきた)。

社会・経済活動の中でケアの価値観が軽視されたことは、文学作品の読解にも影響を与えていたのではないか。著者は「ケア」の視点から古今東西の文学作品を読み解き、近代的な価値観のもとで見過ごされてきた要素を丁寧に拾い上げていく。
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Humankind 希望の歴史 人類が善き未来をつくるための18章

ルトガー・ブレグマン著、野中香方子訳「Humankind 希望の歴史 人類が善き未来をつくるための18章」

 

人間は本質的に善良か、野蛮か。利己的か、利他的か。人間が信じるに足るものかどうかは、古来さまざまな分野で議論の対象になってきたが、近代社会はホッブズに代表されるような性悪説に基づいて構築されてきた。法や権力者の支配がなくては、人間社会は「万人の万人に対する闘争」に陥ってしまう――。そうした考え方は多くの人の心に根付いている。

しかし、著者は「ほとんどの人は本質的にかなり善良だ」と言い切る。人間の残酷さの証明とされるスタンフォードの監獄実験や、ミルグラムの服従実験などの欺瞞を暴き、人類がいかに協調性に富み、利他行為を厭わず、同胞を傷つけることに抵抗を覚える種かということを証拠とともに浮かび上がらせていく。その筆の運びはスリリングだ。
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ジュリアン・バトラーの真実の生涯

川本直「ジュリアン・バトラーの真実の生涯」

トルーマン・カポーティやノーマン・メイラーらと並ぶ米文学のスターで、「20世紀のオスカー・ワイルド」とも呼ばれたジュリアン・バトラー(1925~77年)。妖艶なたたずまいと奔放な言動、過激な作風でメディアをにぎわす一方、その私生活は長く謎に包まれていた。本書は、生前の彼をよく知る覆面作家、アンソニー・アンダーソンによる回想録の邦訳。

<以下ネタバレ>
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姉の島

村田喜代子「姉の島」

海は多くの命を生み出し、飲み込み、包み、育んできた

舞台は九州の離島。海女仲間や家族らの他愛ない会話が続く。島の海女には、ある年齢から歳を二倍に数える倍暦という風習があり、百数十歳という年齢に記紀神話の世界が重なる。読みながら、この作品世界が心地よく、いつまでも身を浸していたいと思う。
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