ケアの倫理とエンパワメント

小川公代「ケアの倫理とエンパワメント」

「ケア」という言葉が最近よく聞かれるようになったが、それはこれまでの社会において、いかにケアという営為が軽んじられてきたかの裏返しだろう。近代社会では経済的・精神的な「自立」が重んじられ、他者に配慮し、関係性を結ぶ「ケア」の営為は軽視されてきた(その上で、介護や育児などのケア労働は女性などの弱い立場に押し付けられてきた)。

社会・経済活動の中でケアの価値観が軽視されたことは、文学作品の読解にも影響を与えていたのではないか。著者は「ケア」の視点から古今東西の文学作品を読み解き、近代的な価値観のもとで見過ごされてきた要素を丁寧に拾い上げていく。

本書の冒頭で取り上げられているシャーロット・ブロンテの「ジェイン・エア」は、ヒロインが自らの運命を切り開く物語として語られてきたが、著者は彼女の「ケアの提供者」としての側面に注目する。「個」の「自立」に価値を置く社会で、フィクションもまずは「個」の物語として読まれてきた。本書はそうした近代的価値観の陰に隠れた文学の豊かさに光を当てる試みとも言える。

今後の社会を考えるカギとして、著者はカナダの哲学者、チャールズ・テイラーの「多孔的な自己」という概念を紹介している。閉ざされた「個」から、他者に向けて開かれた自己へ。人々の価値観の転換を試みる刺激的な論考。「プロ倫」(プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神)ならぬ「ケア倫」の視点が、今後の文芸批評には必要となるのでは。

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