銀二貫

高田郁「銀二貫」

大坂を舞台にした時代小説の傑作。仇討ちで父を亡くした武家の少年が商家の丁稚となって――という成長物語を軸とした、いまや珍しいくらい素直な人情もの。銀二貫がそれぞれの人生を変えていく。登場人物の一人一人が魅力的で、主や番頭の商人としての矜持の描き方が気持ちいい。

吉原手引草

松井今朝子「吉原手引草」

吉原で起きた花魁失踪事件を巡って、関係者一人一人の語りで徐々に真実を明らかにしていく。ミステリータッチの物語の面白さもさることながら、タイトルに「手引草」とあるように、語りを通じて、吉原の仕組みから作法まで分かるよう書かれている構成がみごと。内儀、番頭、新造、幇間、芸者、女衒――といった立場の登場人物の口から語られるのは、初会や水揚げ、身請けなどまさに一から十まで。
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幕末あどれさん

松井今朝子「幕末あどれさん」

タイトル(adolescents)通り幕末を舞台とした青春小説。といってもありがちな志士の話ではない。侍になじめず、芝居作者に弟子入りする青年と、部屋住みの身から立身出世を目指し、陸軍所に通って結果的に戊辰戦争に身を投じる青年。忠臣が逆賊となり、人も社会も目まぐるしく変わっていく。遠く長州で戦争が始まり、他人事だった江戸の町にもやがて戦火が迫る。価値観が転倒し、先の見えない時代に生きる人々の悩みが現代にだぶる。いつの時代だって、普通の人が普通に生きて社会に翻弄された。もし自分がこの時代に生きていたら、というリアルな実感を与えてくれる作品だった。芝居町の描写は著者ならでは。

阿蘭陀西鶴

朝井まかて「阿蘭陀西鶴」

西鶴を盲目の娘の視点から描く時代小説。評伝であり、父娘の物語でもある。俳諧師として名を成しながら、やがて草子作者に転じる。市井の人々の抱える物語に興味を持ち、あふれる様に作品を生み出した西鶴の人柄が伝わってくる。「大衆小説」の誕生を描いた作品と言えるかもしれない。舞台は大阪。庶民の生き生きとした描写に、江戸の時代小説とは違う柔らかい雰囲気が漂う。

たそがれ清兵衛

藤沢周平「たそがれ清兵衛」

病に伏せる妻と暮らす「たそがれ清兵衛」ほか、8人の剣士を描いた短編集。どれも短い中にドラマと魅力的な人物が詰まった名品。

ただ、藩のごたごたの中、冴えないと思われていた人物が実は達人で……という構造がすべて同じで、続けて読むとちょっと食傷気味。

城勤めの剣士たちが主人公で、時代物とはいえ、現代に通じる苦悩がある。まさに、「せまじきものは宮仕え」。

手鎖心中

井上ひさし「手鎖心中」

言葉遊びの得意な井上ひさしらしい軽妙な時代小説。大店の若旦那が戯作者目指して自ら手鎖の刑を望み、心中事件を起こす表題作と、もう一篇。ドタバタを通じて、どこか現代を生きる自分自身を顧みさせられるのがこの人らしい。近世の戯作者の姿を通じて、現代の物書きの覚悟を問うているようにも思える。

仲蔵狂乱

松井今朝子「仲蔵狂乱」

孤児の身の上から歌舞伎の大看板まで駆け上がった初代中村仲蔵の生涯を描く。どん底の下積み生活から苦難の末、座頭、千両役者に。江戸三座の興亡から、団十郎、幸四郎といった他の大名跡を巡る役者達の思惑、陰謀、さらに田沼意次の出世、失脚、度重なる大火、飢饉、米価の上昇、打ち壊しといった時代背景も描かれ、ただの人間ドラマにとどまらない緊張感がある。普段、時代小説はほとんど読まないのだけど、かなり引き込まれた。

安政五年の大脱走

五十嵐貴久「安政五年の大脱走」

断崖絶壁の山の上、天然の要塞に捉えられた南津和野藩士51人。武士の誇りや友情や恋やその他諸々をストレートに詰め込んだ娯楽時代小説。物語の核となる場面は穴を掘るだけだし、展開にひねりも無いけど、やたらと面白い。