夢も見ずに眠った。

絲山秋子「夢も見ずに眠った。」

仕事が長続きしない夫と金融機関に勤める妻。婿養子として妻の実家に同居している夫を残して、妻は単身赴任で札幌に赴く。夫婦のすれ違いの物語だが、二人の感情を綴る筆は穏やかで、どこかチェーホフ的な喜劇のようでもある。

挫折も失敗も重ねながら、二人の関係は続いていく。岡山から北海道まで、旅行や転勤先の風景が二人の人生の背景を彩る。ロードノベルとしての魅力もある。

「過去から未来へと、一秒の空白もなく時間が繋がっているから、人生も続いているなんて思っていた。だがそれは大間違いだった」

「努力が報われるなんてことはなかった。因果応報なんてこともなかった。そして、やり直しだって利かないのだった。失敗のフォローも、裏切りの修復もできなかった。何かの途中なんてこともないのだった。一日一日が、一度きりの完結するエピソードなのだった」

紆余曲折の末、二人は互いの人生を受け止め、自分自身の人生と和解する。夫婦としての関係が終わった後の旅の描写が穏やかで美しい。一緒に旅することができる相手を得られる人生は幸福だ。

二人の姿は、現代、そしてこれからの夫婦像としてリアリティがある。今の時代を刻み、その一歩先を見せる。ふだん新刊はあまり手に取らないけど、久しぶりに今の作品を読む喜びを味わえた。モデルや理想無き時代に、人と人がどう寄り添って生きていけるかを描いた傑作。

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