定本 日本の秘境

岡田喜秋「定本 日本の秘境」

経済成長の波がまだ地方に及んでいない昭和30年代前半に書かれた紀行文。秘境とは書いているものの、人跡未踏の地ではなく、あくまで人間の住む土地。九州脊梁山地から、神流川、大杉谷、佐田岬、襟裳岬…。中宮、酸ヶ湯、夏油といった温泉の往時の姿も興味深い。

宮本常一は「自然は寂しい。しかし人の手が加わるとあたたかくなる」と書いたが、まさにその“あたたかな風景”を求める旅。

個人的にネパール、パキスタンの山村やアフリカを旅したときの感覚を思い出した。風土は違えど、人の暮らしの匂いのようなものはどこも変わらない。経済成長で失われつつある風景に対する寂しさとともに、敗戦から10年経ち、自由に旅ができる世の中に対する喜びも滲む。

旅といえば、古来、歌枕や景勝地を訪ねるものだった。その旅のかたちを劇的に変えた名著。

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