2025年の読書記録。読了147冊(前年比2冊増)、4万3666ページ(同1049増)。
知らない世界を教えてくれるのは、読書の楽しみの一つ。数少ないノンフィクションの中で記憶に残ったのは、鈴木俊貴「僕には鳥の言葉がわかる」と高野秀行「酒を主食とする人々」。どちらもタイトル通りの内容で、狭い常識の枠の外へ連れ出してくれる。堀元見「読むだけでグングン頭が良くなる下ネタ大全」。これもまた、世界を広げてくれる好著と言うべきだろう。
ペール・アンデション「旅の効用:人はなぜ移動するのか」は、旅に逆風が吹く時代にこそ読まれるべきエッセイ。移動の営みは、人類の屋台骨を支えている。
金水敏「大阪ことばの謎」は、関西弁の使用がSNSの時代に伸長している理由など、目からウロコの内容がたくさん。山本昭宏編著「河内と船場:メディア文化にみる大阪イメージ」は、現在の大阪イメージの成立についての重要な視座を与えてくれる一冊。
小説では、まず小川洋子「サイレントシンガー」。狭義の“言葉” を超えたつながりを描いてきた作家の静かな集大成とも言える内容で、「ことり」や「猫を抱いて象と泳ぐ」 とともに、言葉の呪縛に言葉で挑んだ傑作。昨今ありがたがられる“言語化”とは、そんなにエライことなのか。
木村紅美はゴツゴツとした手触りの作品を書く作家だが、「熊はどこにいるの」はその一つの到達点といえる凄みのある中編。谷崎由依「百日と無限の夜」も、文学ならではの伸びやかな迫力に満ちた作品。
いしいしんじ版「百年の孤独」 ともいえる「チェロ湖」。豊穣な交響楽。いしい作品では、今年公開された「トリツカレ男」の映画も素晴らしい出来だった。
柴崎友香「帰れない探偵」は、不思議な手触りの作品。未来を思うという語り口で、現在の世界を覆う不安に小説にしかできない形で向き合っている。
山野辺太郎「大観音の傾き」は、仙台大観音を巡るユーモラスな人間ドラマ。震災後を生きる人々に対する優しいまなざしが深く印象に残った。
古川真人「港たち」、 鳥山まこと「時の家」、島口大樹「ソロ・エコー」。いずれも奇をてらうことなく、端正に小説の語りの魅力を引き出した好著。
“幻の短編集”の復刊である壺井栄「絣の着物」は、今年一番の掘り出しもの。
グレゴリー・デイヴィッド・ロバーツ「シャンタラム」、船戸与一「蝦夷地別件」、上橋菜穂子「香君」と、劉慈欣「白亜紀往事」と、長く積読状態だったエンタメ大作を堪能。どれも文句無しの面白さ。
ほかに印象に残ったのは、櫻木みわ「アカシアの朝」、葉山博子「南洋標本館」、温又柔「恋恋往時」、王谷晶「ババヤガの夜」、佐原ひかり「ネバーランドの向こう側」、天童荒太「陽炎の旅人」。
そのほか、小川哲「言語化するための小説思考」、町田康「俺の文章修行」は、ともに作家の頭の中を詳らかにした刺激的なエッセイ。言語化がどこまでエライことかはともかく、言語化するための思考の働きに触れるのは面白い。
