小説「聖書」

ウォルター・ワンゲリン 小説「聖書」旧約篇上新約篇

  

神学者でもあり、作家でもある著者が、聖書の膨大なテキストを小説の文体で書き下ろした。

天地創造、神とアブラハムの契約、モーセの出エジプト、ダビデとソロモンの時代、バビロン捕囚。旧約聖書に書かれたエピソードの一つ一つは多くの人が知っているだろうが、全体を通読したことがある人はキリスト教徒やユダヤ教徒以外では稀だろう。膨大な断片の集まりである聖書を、神学者としての緻密な解釈に立脚しつつ、原典に忠実に、現代の読み物として蘇らせた著者の仕事はまさに偉業と言える。

創世記を後半に持ってくるなど構成は工夫されているものの、基本的には原典通りの内容なので、現代の感覚からは理解しがたい箇所も多い。旧約聖書に現れる神は、不条理で、人智ではその意図を計り知ることができない。人間にできるのはただ神と契約を結び、従うことでしかない。

絶えざる戦火の中で国々は盛衰を繰り返し、無力な民は運命に翻弄される。聖書を「物語」として通読すると、不条理とどう向き合うか、世界といかに折り合いをつけるかということから宗教が生まれてきたのだろうということが感じられる。

一方、新約聖書は旧約聖書の延長でありながら、大転換と言ってもよいほど、神と人の契約のあり方が変わる。著者の手腕もあろうが、より一筋の物語としての性質が強く感じられる(そのため、遥かに読みやすくもある)。

神と人の新たな関係においては、神に従順であることを超え、神の慈悲、倫理を各人が内面化することが求められる。

断片的な知識にとどまっていた聖書のエピソードの数々が、全体の中でどう意味を持つのか知ることができるとともに、創世記からイエスの復活まで一続きの物語として読めることで、キリスト教の誕生がどれほど革命的なものだったのかということがよく分かる。

コメントを残す