井出幸男「宮本常一と土佐源氏の真実」
宮本常一が記した文章で最も有名な「土佐源氏」。老博労の聞き書きで、前近代の庶民の性に関する民俗学資料として評価されてきたが、そこに創作、脚色が混ざっていることも以前から指摘されてきた。著者は、宮本常一の若き日の恋愛遍歴にまで踏み込んで、土佐源氏に投影された宮本自身の体験を探っていく。
何より興味深いのが、「土佐源氏」の発表前に秘密出版されていたノーカット版とも言える「土佐乞食のいろざんげ」が全文収録されていることで、その濃厚な性描写に驚かされた。それを読むと、宮本が「このはなしはもうすこし長いのだが、それは男女のいとなみのはなしになるので省略した」と「忘れられた日本人」の後書きで述べている省略部分こそが、この“作品”の本質だったことが分かる。そこでは、明治から昭和にかけて社会的に抑圧された「性」の話題を正面から扱おうとした宮本の志向が感じられる。引用がためらわれるような、あけすけな表現のオンパレード。当時なら確実に発禁だったろうが、そこに語られる男女の愛の交歓は心を揺さぶる。これに比べたら最近の小説の過激と言われる性描写など露悪的なだけという気がする。