人生の何気ない場面を捉えた短編集。著者の作品は「羆嵐」などの記録文学や評伝系の長編しか読んだことが無かったが、短編の名手でもあったことが分かる。
表題作は、妻を亡くし、再婚に向けた見合いをする初老の男の姿を描く。好意を抱いていた旧知の女性と再会した彼は、再婚後の生活を心に思い描きつつも、細かな仕草などを妻と比較して再婚が億劫になってしまう。
そのほか、結婚を控えてまだ女を知らないことに焦る男や、定年後に家出して愛人のもとで亡くなった義兄を巡る話など。人生の一場面を切り取った非常に短い作品ばかりだが、その切り取り方が見事で、男性の複雑な心理の襞を、最少の描写で浮かび上がらせている。
最後に収められた「夜の饗宴」は、本書の中では最も長い作品。経済成長にともなってキャラメルからチョコレートへ菓子の主軸が変化していく中、製菓会社とネオン看板の業者の関係を中心に据えた経済小説の趣がある。