青々と茂った木々の間を、家族連れや観光客、ジョギングで汗を流す男女が行き交う。広大な敷地が緑に覆われ、穏やかな空気の流れる大阪城公園だが、1960年代までそこには見渡す限りの焼け跡が広がっていた。
梁石日の「夜を賭けて」は、その焼け跡を舞台とした青春小説。アパッチ族と大村収容所という忘れられた歴史事実に光を当て、時代に翻弄され続けた在日コリアンの戦後史を描き出している。
アジア最大の軍需工場と言われた大阪砲兵工廠が終戦前日の空襲で壊滅すると、その跡地は戦後手つかずのまま放置された。やがて、その廃墟跡から屑鉄を盗む人々が現れ、アパッチ族と呼ばれるようになる。彼らの共同体は社会に行き場を無くした者たちの解放区の様相を呈し始めるが、警察の度重なる手入れで衰退していった。小説の前半は、若き日の著者自身と思しき張有真を中心に、そのアパッチ集落の光景が描かれる。高度経済成長に置き去りにされながらも社会の片隅で逞しく生きる人々の姿は、人間らしい猥雑な魅力に満ちあふれている。
一方、後半では舞台が長崎の大村収容所に移り、張の友人である金義夫が物語の主人公となる。アパッチ集落の壊滅後、金は警察に捕まり、釈放後、密航者扱いで大村収容所に送られる。
朝鮮戦争が始まった1950年、韓国に強制送還する密航者を一時的に留め置くという建前で設けられた大村収容所だが、入管による恣意的な強制収容が行われ、戦前から日本で暮らしてきた人々が家族と引き裂かれたケースがあったとされる。収容者への待遇も劣悪を極め、当時軍事政権だった韓国に送られれば命の保証はなく、在日コリアンからはアウシュビッツに喩えられるほど恐れられた。
最後に物語の舞台は現代に辿り着き、張と金は再会する。前半、後半、エピローグの繫がりが薄く、小説としては粗削りだが、これを書くために生まれた、作家になったという迫力を感じさせる作品。これほどの熱量を持った小説はそうそう無い。
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アパッチ族に関しては小松左京「日本アパッチ族」と開高健「日本三文オペラ」も必読。