高野聖

五来重「高野聖」

勧進を通じて日本仏教の底辺を支えた聖。知識不足で理解しきれない部分も多々あったが、現在は真言密教のイメージしか無い高野山が念仏と浄土信仰の場だったことや、西行の高野聖としての側面(こちらが本質かもしれない)など、教えられる点が多かった一冊。聖地にも、というより、聖地だからこそ、語られなかった歴史が多くある。

水の女

中上健次「水の女」

中上健次は同じような構造、テーマの作品を繰り返し書いた。土地に漂う匂い。理不尽な衝動。動物的な、自我が希薄にさえ思える性描写。紀州の路地とその周辺を舞台とした作品群は、この短篇集に収められたものを含め、狭く小さな話でも、どれもが神話的な色彩を帯びている。

糸とはさみと大阪と

小篠綾子「糸とはさみと大阪と」

コシノ家のお母ちゃんの自伝。戦前戦後を生き抜き、一時代を築いた女系家族の年代記として、服飾史に興味が無くても面白い。文章は淡々とした丁寧語だが、所々に熱い思いとデザイナーとしての自信、温かな人柄が滲む。

優雅で感傷的な日本野球

高橋源一郎「優雅で感傷的な日本野球」

ポップに解体された物語。野球を通じて野球以外のものを語っている? いろいろ解釈できそうなのに、解釈する気を起こさせない。この物語には何もない、と思う。最近の前衛的と言われる作品よりはるかに過激。

さらば雑司ヶ谷

樋口毅宏「さらば雑司ヶ谷」

帯にも書かれているようにタランティーノを彷彿とさせるオマージュ、コラージュに富んだ世界観。次々と人が死ぬ展開もぶっ飛んでいて、読後感も、小説を読んだと言うよりスピード感のある漫画やB級映画を見終わった感じ。ジャンルを問わなければ別に新しさは無いけど、小説としては結構新鮮。

ニッポン異国紀行 ―在日外国人のカネ・性愛・死

石井光太「ニッポン異国紀行 ―在日外国人のカネ・性愛・死」

土葬が原則のイスラム教徒など、在日外国人が亡くなると遺体はどうなるのだろう。結婚、風俗、宣教、医療など、同じ日本で暮らしているのに、その生活についてほとんど知らないことを思い知らされる。彼らの生活と、その他大多数の日本人の間には、エンバーミングを担う葬儀社などわずかな接点だけが存在し、互いに孤絶している。

ビブリア古書堂の事件手帖

三上延「ビブリア古書堂の事件手帖 ―栞子さんと奇妙な客人たち」

いわゆる安楽椅子探偵ものだけど、ミステリと呼べるほどの謎はない。ただ随所に本の知識が出てきて楽しいし、先が気になって一気に読めてしまう。本好きにとっては、本屋とか古書店が舞台というだけで魅力的。世界観だけで、続きも読みたくなる。

現代語訳 般若心経

玄侑宗久「現代語訳 般若心経」

般若心経大本の現代語訳だが、訳というより解説を加えた一つの作品。著者は臨済宗の僧侶だが、現代的な感覚に基づいた説明で理解しやすい良書。

「色不異空」「色即是空」は日本的な感覚でも共感しやすいが、それに続く「空不異色」「空即是色」をどう捉えるか。そこに諦観にとどまらない大乗仏教の核が詰まっているように思う。

ふしぎなキリスト教

橋爪大三郎、大澤真幸「ふしぎなキリスト教」

キリスト教というより、ユダヤ教から始まる一神教入門。

人間中心に世界を見る多神教に対し、人間から完全に隔たった神が中心の一神教。神の意志が捉えられないからこそ続く問いかけ。それこそが信仰で、教祖の言葉が全てとなりやすい新興宗教との大きな違いだろう。
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ポトスライムの舟

津村記久子「ポトスライムの舟」

仕事で小金を稼ぎながら、日々の細々とした生活に追われ、なぜこんなことをしているのか、その問いには答えが無いからこそ、それ以上考えない。働くことをテーマにした小説は基本的に好きじゃないけど、物語の彩りの無さ、主人公の生気の無さが逆に好感が持てる。文庫の裏表紙には「働くことを肯定したくなる小説」って書いてあるけど、それはちょっと違うだろう。