石牟礼道子「椿の海の記」
「苦海浄土」以前の水俣、物心つくかつかないかの頃を描いた自伝的小説。
「この世の成り立ちを紡いでいるものの気配を、春になるといつもわたしは感じていた」
自然と人の営みが調和し、三千世界の片隅で生きているという実感。過ぎ去った日々、消えてしまった世界を文字で蘇らせる試み。語られている内容よりも、語りにこそ魂がある、浄瑠璃のような文章。
精神を病み“しんけいどん”と呼ばれる祖母「おもかさま」や、娼家の「いんばい」。共同体の複雑な感情を敏感に感じ取り、著者のまなざしが築かれていったことが分かる。