安田登「異界を旅する能 ワキという存在」
能で、他の芸能と比較して特に際立つのがワキという存在。大抵は漂泊の旅をしていて、シテと出会う。その後はワキ座でほとんど動かず静止していることが多い。シテ=異界が舞台上に現れる触媒となるワキの存在を考察することは、そのまま能(夢幻能)という芸能の本質に迫ることになる。
旅をして異界と出会うことは普遍的な救済の物語でもある。
能は構造としては極めてシンプルな芸能だが、掛詞が無数にある詞章によって、近代劇や近代文学にはない意味の広がりを持つ。短歌くらいの掛詞なら解体して理解できるが、掛詞で紡がれる物語の広さは人が把握できる範囲を超え、まさに異界を目にしているような感覚に陥る。