2024年の読書記録。読了145冊(前年比19増)、4万2617ページ(同3569増)。仕事の延長で読んだ本と、その合間に息抜きで読んだ軽い読み物が大半で、記憶に残った作品は少なめ。
×
柴崎友香「続きと始まり」。すべての瞬間がなにかの続きであり、始まりでもある。その感覚が世界を鮮やかにしてくれる。著者の作品の個人的なベストは「百年と一日」だが、それに並ぶ傑作。
近代文学の終焉という言説が本格的に流行り始めたのは90年代末くらいからだろうか。近年、従来の一人称、三人称での叙述が時代に合わなくなっているのか、視点や人称を巡る文体上の実験作が増えている印象を受ける。その中でも特に注目すべき作家の一人が町屋良平。「生きる演技」は現時点での集大成ともいえる力作。
古川日出男もまた、現代文学の地平を切り開き続けている作家。「京都という劇場で、パンデミックというオペラを観る」は、文学ならではの迫力とユーモアに満ちた快作。
パソコンの普及は「保存」という言葉に新たな香りを付与した。長嶋有「僕たちの保存」は、パソコン黎明期へのノスタルジー漂う佳品。自分が初めてパソコンに触れたのは90年代半ばなので、黎明期というよりはその残り香に触れた程度だが、それでもぐっと来る要素多々。
新鋭の作品では、豊永浩平「月ぬ走いや、馬ぬ走い」と松永K三蔵「バリ山行」が良かった。山野辺太郎「恐竜時代が終わらない」も。
×
片岡義男、川西蘭など、主に80年代の作品を収めた平中悠一編「シティポップ短篇集」。音楽のシティポップの再評価が進んだように、この時期の短篇群はもっと評価されていい。特に片岡義男の文体は今読んでも新しい。
天童荒太「青嵐の旅人」。著者初の時代小説。時代ものとしては異例ともいえる反戦という明確なメッセージが込められた作品だが、それが説教臭くならないのがさすがの筆力。幕末ものの新たな傑作。
船戸与一の代表作の中で未読だった「虹の谷の五月」。安定の面白さ。船戸作品は時々読みたくなる。自分にとっては最高の娯楽の一つ。
×
数少ない外国文学の中で印象に残っているのは、余華「文城 夢幻の町」。近代中国を舞台とした大河小説。その世界にどっぷり浸かることができた。
コーマック・マッカーシー「ザ・ロード」と「すべての美しい馬」、ハン・ガン「少年が来る」。今更ながら読んで心に残った。
×
ここ数年、ノンフィクションをあまり読めていない。
鈴木利英子、鈴木遥「孤高に生きた登山家 岡野金次郎評伝」は、日本の近代登山史の最重要人物でありながら、自らの山行記録をほとんど発表しなかったことで、歴史から忘れられた人物の生涯を浮かび上がらせた画期的な一冊。
日本でなぜこれほどインドカレー屋が増えたのか。その背景を丁寧にたどった室橋裕和「カレー移民の謎」。阪神の忘れられた老監督の足跡を追い、お家騒動の源流に迫った村瀬秀信「虎の血」。大滝ジュンコ「現代アートを続けていたら、いつのまにかマタギの嫁になっていた」も面白かった。
×
次の二冊の復刊が喜ばしい。
金滿里「生きることのはじまり」。優生思想に抗い、「人間」の概念を変えようと戦う舞台芸術家の自伝。
有吉佐和子「女二人のニューギニア」。多才で何を書いても面白い人だが、これは意外な土地への旅行記。
息抜きとして、エッセイを多く読んだ。中でも村上春樹の初期エッセイ「村上朝日堂」シリーズを久しぶりに再読して、軽やかな読み心地と面白さに改めて感嘆。
ジョナサン・ゴットシャル「ストーリーが世界を滅ぼす――物語があなたの脳を操作する」。原書は2021年、邦訳は22年刊。ここに書かれていることを現実が証明どころか追い越してしまったのが2024年だった。年の初めに読んでいれば面白く刺激的な読書だったかもしれないが、年の暮れに読んだら暗い気持ちになっただけだった。