しんせかい

山下澄人「しんせかい」

作中では【先生】【谷】としか書かれないが、倉本聰が主宰していた「富良野塾」での日々を綴った小説。

19歳。【先生】のこともよく知らなければ、俳優になりたいという強い思いがあるわけでもない。たまたま目にした新聞記事を見て飛び込んだ【谷】は、俳優教室というよりは小さな共同体で、日々小屋作りや農作業に追われる。

一人称の語り手に主体性が無いことと、感情の機微をあえて描かないスタイルは最近の小説らしく、大抵はうんざりさせられてしまうが、この作品は、流れるような文体(流麗と言うよりは、時折淀みつつ流れてゆく)と組み合わさって、著者と回想をともにしているような読み心地がある。50歳(小説発表時の著者の年齢)が30年前を振り返るとはこういうことかもしれない。

作中で描かれるのは約1年。1期生の先輩たちが卒業していく場面で物語は終わる。人の一生において、変わらない場所は無いし、永続するコミュニティーも無い。今自分がいる場所が20年後、30年後に振り返ってどう感じられるかということは、その時点では分からない。

これで中編小説としては十分完成されているが、2年目の日々も描ききっていれば、すてきな青春小説になったかも。いや、それは蛇足になったかな。

併録の「率直に言って覚えていないのだ、あの晩、実際に自殺をしたのかどうか」は入塾試験の前夜を描いた小品。

コメントを残す