「子供を殺してください」という親たち

押川剛「『子供を殺してください』という親たち」

予備知識無くタイトルだけ見て、精神科医の書いた本かと思って手にしたが、著者は精神病の患者を家族等の依頼で医療機関に繫ぐ「精神障害者移送サービス」の経営者。病識を持つように本人を説得するとともに、受け入れ先の病院を探し、その後の面会等のフォローも手がけている。本書では著者自身が実地で体験したケースを紹介するとともに、現在の日本の精神医療の問題点を指摘している。

第1章の「ドキュメント」で紹介されているケースは、言葉を失うほどに悲惨で、救いがない。息子や娘が家庭で暴力をふるい、一方で医療機関からはすぐに退院を促され、八方塞がりの両親らが、最後の頼みの綱として著者が手がけるようなサービスに駆け込んでくる。自らや周りの人間の命の危険を訴え、子を助けたいというというより、死ぬまで預かってほしい、いっそ死んでくれたら……という声は悲痛だ。

一昔前まで、精神病患者は病院に半永久的に隔離され、社会から隠されてきた。皮肉なことに、そうした人権状況が改善されるとともに、今度は長期入院を抑制する法改正、厄介な患者を忌避する病院側の姿勢が組み合わさって、重篤な症状でも長期的な治療を行えなくなり、事件につながるケースが出始めた。今や数ヶ月にわたる入院治療はほぼ不可能で、一方で自立支援施設や就労先など、退院後の受け皿はほとんど無い。行き場を失った患者の症状は悪化し、全ての負担が家族に集中している。

著者の手がけるような“移送”業務は人権侵害と紙一重で、賛否両論あるだろう。第三者が医療機関と患者を結びつけることには慎重でなくてはならない。著者は、家族間のトラブル対応に慣れた警察OBなどを中心に、当事者と医療機関を繫ぐ準公的組織を作ることを提言しているが、第三者が何でもかんでも医療機関に繫げば、それこそ息苦しい社会になってしまう。ただこうしたサービスに頼らなくてはどうしようもない状況にある人もいるのは確かで、ここに日本の精神医療の現状が現れている。

殺人事件の件数のうち、親族間のケースは年々微増を続け、近年は50%を超えている。メディアは精神病等での通院歴があると詳細を報道しない傾向にあるため、こうしたケースは表に出にくいが、実態は想像以上に深刻化している。。

究極的には、どんな人でも居場所のある社会を作っていくということに尽きると思うが、そんな言葉は、この本に出てくるようなケースの当事者にとってはきれいごとに過ぎない。解決策も見えないし、本の感想もまとまらない。

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