出世作「桜島」、絶筆の「幻化」のほか、「日の果て」「風宴」を収録。
梅崎春生は1915年生まれ。戦中は海軍に暗号兵として勤め、その経験が46年発表の「桜島」に反映されている。
敗色濃厚の日本。本土決戦が迫る中、米軍の上陸が想定される桜島で、語り手の「私」は死を覚悟して日々を過ごしている。偏執狂的な兵曹長、無邪気な志願兵、妓楼で出会った耳のない女。先行きの見えない環境、未来のない関係の中で、死を前提として生きながら、生への執着が時折顔を覗かせる。
死を意識しながら、どう足を前に進めるか。“戦争もの”ではあるが、そこに描かれているものは、「極限状態における人間の本性」のようなものではない。漫然と現代を生きる我々自身の生の実感の問題にもつながる身近な物語となっている。
一方、65年発表の「幻化」は、終戦から時が経ち、行き場をなくした中年の男の姿を描く。
精神病院を抜け出した五郎は手ぶらで飛行機に乗り、機中で妻子を亡くしたばかりの丹尾という男と出会う。その後、戦中に青春時代を過ごした鹿児島、熊本を彷徨い、五郎は阿蘇で再び丹尾に再会する。
阿蘇の火口の周りを歩きながら、生と死の間で迷うように見える丹尾に、五郎は心の中で「しっかり歩け。元気出して歩け!」と叫ぶ。丹尾は火口を覗き込みながら、ふらふらと頼りなく歩いていく。
この叫びは、そのまま著者の最後の叫びともなった。処女作の「風宴」から「幻化」まで、どこか無気力で、諦観のように感じられる空気が作品を貫いているが、それでも著者は、生きていくことを、歩き続けることを肯定している。