小説 阿佐田哲也

色川武大「小説 阿佐田哲也」

伝説の雀士であり、戦後を代表する大衆小説の一つ「麻雀放浪記」の主人公“坊や哲”であり、その著者でもある阿佐田哲也。人気作家となった後に本名の色川武大名義でも純文学小説を書き、「狂人日記」などの名作で戦後文学史に足跡を残している。

著者の作品は、どちらの名で書かれた作品も虚と実が入り交じる。博打打ちの阿佐田哲也も、純文学作家の色川武大も、演じるべき虚構の人格だったのだろう。ただ同時に、演技ではない著者の真実の顔がどちらの作品にも滲んでいる。

そんな「阿佐田哲也」を「色川武大」が小説として描いた異色の作品。色川は阿佐田を「奴」と呼び、折々を振り返っていく。自伝的随筆という印象を受けるが、どこまでが虚で、どこまでが実かは分からず、その点では紛れもない小説となっている。

「麻雀放浪記」は実録小説のように思われているが、色川の筆は冒頭から「麻雀を本業とするばくち打ちなんて、阿佐田哲也の麻雀小説の中にしか存在しない」と伝説を打ち砕く。

「ばくち打ちとは何か。ばくち打ちとは、『この世でもっともバランスを失しているにもかかわらず、バランスが命綱だと思っている』人間である」「バランスとは、いろいろな可能性をなんでもかでも混在させながら、ついにその一つに純化することができない塊りをいう」

「小説 阿佐田哲也」の名を冠しながら、阿佐田哲也自身についてはほとんど描かれず、周囲の人物の物語が綴られる。しかしその周囲の人物も阿佐田哲也の分身なのかもしれない。

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