イスラム革命後のイラン北西部マハバードを舞台に、独立を求めて戦うクルド人ゲリラと、ハジ(巡礼者)と呼ばれた日本人二人の物語。著者の代表作とされる長編であり、スケールの大きさとフィクションとは思えない緻密な描写に圧倒される。
国を持たない世界最大の民族とされるクルド人だが、第二次世界大戦直後、マハバード共和国と呼ばれる幻のクルド人国家が築かれたことがあった。イラン政府の侵攻でわずか1年足らずで崩壊したが、以来、マハバードはクルド人にとって悲願の建国を象徴する土地となった。
国家に翻弄され続けたクルドの民の苦しみに、イラン・イスラム革命体制の腐敗、それに憤りを覚える革命防衛隊の若い兵士、イラン・クルドとイラク・クルドの関係、ハラブジャの悲劇、ソ連内のグルジア・マフィアや独立を求めるアゼリ人の思惑など、あまりに多くの物語が絡み合い、要約は難しい。それぞれの正義が世界を軋ませ、歴史の荒波の中で個人に残された選択肢は少ない。
やがて、二万挺のカラシニコフがマハバード奪還をもくろむクルド人ゲリラのもとに運び込まれ、物語は終局を迎える。革命防衛隊の若手の蜂起、革命委員会への権力移行をもくろむイラン政府の謀略、クルド人ゲリラの猛攻、そして革命を夢見て日本からパレスチナ、イランへと渡り、ハジと呼ばれた日本人と、もう一人、同じくハジと呼ばれた日本人武器商人の運命が最後に一瞬だけ交わる。
著者の他の作品と同じように、結末は非情で現実的。個人の物語は、歴史や社会のうねりのなかに消えてゆく。その最後の悲壮とも言える光に胸が締め付けられる。