大阪・更池の“路地”に生まれ育った著者が書いた父の一代記。冒頭の「とば」(屠場)の詳細な描写から圧倒される。
上原龍造、1949年生まれ。包丁を持ってヤクザ者を追い回し、「コッテ牛」と恐れられた型破りな少年は「金さえあれば差別されへん」という信念のもと、食肉業という天職に巡り会う。
当時、同和対策事業は部落解放同盟が窓口を独占し、同盟員にならなくては融資などの恩恵は受けられなかった。龍造は少年時代の遺恨から、宿敵が参加していた解放同盟につくことを拒否し、右翼や共産党と関わりを持ち、解放同盟と対峙する。
社会党系の解放同盟と、その独占を崩そうとする共産党系の正常化連・全解連、自民系の同和会、右翼、極道……入り乱れた利権闘争の中で、龍造はのし上がっていく。やがてバブル崩壊とBSE問題で業界は傾き、同対法の失効で利権も失う。
「カワナン」「川田萬」(と仮名で書かれているが、言わずとしれた食肉業界のドンであり、大阪でこれがどの企業を指すか分からない人はいないだろう)との関係など、溝口敦「食肉の帝王」などとあわせて読むと、大阪の戦後史が鮮やかに浮かびあがる。
平成に入ると龍造の物語は駆け足になり、代わりにあとがきで著者自身の物語が綴られる。「日本の路地を旅する」など、“路地”にこだわってきた著者だが、まさにこの本を書くために物書きになったのだろう。
著者はわざわざ説明していないが、言うまでも無く「路地」は中上健次が自身の生まれ育った被差別部落を指して使った言葉であり、そのへんの街角のことではない。