恋川

瀬戸内晴美「恋川」

昭和を代表する文楽人形遣いの一人、桐竹紋十郎の生涯を縦軸に、男の芸の世界を描きつつも、基本的には著者らしい女の物語。 紋十郎本人の女出入りに、その弟子、さらに語り手の友人の不倫関係が重なって綴られる。これら全てが、浄瑠璃に語られる男と女の物語の繰り返しにも感じられる。

紋十郎は実在の人物だが、内容も文体も、小説と聞き書きなどのノンフィクションが混在し、事実の生々しさと物語の美しさが共存している。連載途中で紋十郎本人が亡くなったため、著者の追悼文も挟まれる。こうした大胆な構成の実名小説は今では書けないだろう。文楽を扱った小説では有吉佐和子「一の糸」(朝ドラにぴったりの女一代記)の方が面白かったが、この作品も絶版のままでは惜しい。

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