エッセイの名手である著者が、チェコのソビエト学校時代の友人たちについて綴った3篇。故国を失った/捨てた3人の少女の半生を通じて、中東欧の複雑な現代史が浮かび上がる。
日本共産党幹部の娘である著者は、父の仕事で9~14歳の頃にプラハに滞在し、約50カ国の生徒が集まっていたソビエト学校で多感な時期を過ごした。そこで、共産主義の理想と現実、人生の不条理、一人の人間が抱えるさまざまな矛盾を知る。
当時、同級生の中で特に親しく交遊したのが、ギリシア、ルーマニア、ユーゴスラビア系の3人の少女。大人になった著者は現地を訪ね、3人とそれぞれ再会を果たす。
リッツァはギリシアから亡命してきたパルチザン闘士の娘。まだ見ぬ祖国に思いを募らせていたが、プラハの春などの数奇な運命が彼女をドイツに結びつける。
ソ連と距離を置いて独自路線を歩んだルーマニア。チャウシェスク政権はやがて時代錯誤の特権階級となる。ルーマニア出身のアーニャはその矛盾から目をそらし、共産主義の理想と愛国心を熱く語っていたが、やがて成長して英国で暮らすようになる。
ソ連と中国の対立が深刻となり、日本共産党もソ連、中国の共産党と袂を分かつ。共産圏の分裂が進む中、ソビエト学校に居心地の悪さを感じていた著者は、ユーゴスラビア出身のヤスミンカと親しくなる。祖国に誇りを持ち、自身を「ユーゴスラビア人」と信じて疑わなかったヤスミンカは、祖国の分裂と泥沼の内戦の中、心の拠り所を失ってしまう。
国や政治体制が揺れ動いた中東欧の現代史が、民族意識やアイデンティティのあり方を問いかけてくる。