忍ぶ川

三浦哲郎「忍ぶ川」

最後の一篇を除いて私小説的な短編集。兄二人が失踪し、姉二人が自殺、残る一人の姉も目を患っている。著者自身を投影した主人公は、自らの血に深い不安を抱え、妻の二度目の妊娠で初めて親になる決意をする。特に印象的なのが、父の臨終の場面。尋常に死んでいった父を見て、悲しみよりも安堵を抱く。肉親の死を恥と思い生きてきて、父の死の平凡さは救いとなった。妻の志乃ができすぎた人のため、自らの血や出自に対する不安に共感できない人には、主人公がただの身勝手な男に映るかもしれないけど。

「父の死の尋常平凡さは、肉親の異常になれた私に鮮烈な印象を与えた。(中略)誰彼に、父があたりまえの死に方をしたことを告げてあるきたい誘惑に駆られて、よわった」(「初夜」)

「私は、たとえてみれば翁の面そっくりに完成した父の死顔を眺めて、こんな豊かな表情がもし生前の父にあったらのだとしたら、それを汚辱で塗りつぶしてしまったのは上の四人のきょうだいの罪であり、そうして父が生きているあいだにその汚辱を雪ぎえなかったのは私の恥だと思った。死だけがそれをなしえたのである」(「恥の譜」)

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