山口仲美『犬は「びよ」と鳴いていた~日本語は擬音語・擬態語が面白い~』
わんわん、びりびり、しとしと、つるり。擬音語・擬態語のあり方は、世界の見え方、聞こえ方を司ると言っても過言ではない。
日本語の擬音語・擬態語の数は他の言語と比べてもかなり多いとされる。日本語学者の著者は擬音語・擬態語の移り変わりから、日本語と日本社会の変化をひもといていく。
著者によると、日本語における擬音語・擬態語の5、6割は数百年の時を超えてもあまり変わっていないという。一方で、大きく変わってしまったものもある。
中世まで、犬の鳴き声は「びよ」(濁音が無かった時代は「ひよ」)や「びょう」と表記されていた。狂言にも犬が「びよ」と吠える場面がある。それが江戸時代に入ってから「わん」へと変化していった背景には、野犬よりも飼い犬が増えたことが背景にあるのではないかと著者は推察している。
そのほか、猫の鳴き声は「ねうねう」(発音は「ねんねん」に近い)で、「ねん」+「こ」から「ねこ」と呼ばれるようになった。馬は「い」「いん」。ここから「いななく」という言葉ができた。赤ん坊の泣き声は「いがいが」。意識すると、確かにそう聞こえてくるような表記が多いのが面白い。
長期的な視点だけでなく、過去30年(本書の刊行は2002年)ほどの変化も興味深い。
木造家屋につきものの「がたぴし」などの音が消えて電子音が増えたという変化だけでなく、ネガティブ、慎み深い、ゆっくりといったニュアンスの言葉(ガクリ、ちびちび、のそのそ、のらくら、など)の使用が減り、ポジティブで激しさや速さを表す擬態語(ルンルン、プッツン、ダダダ、ドドド)、笑い声(ワハハ)が増えたという点は、社会の空気の変容を分かりやすく表している。