浄瑠璃作者、近松半二の生涯を書く時代小説。近松門左衛門の縁者か弟子のように思われがちな名前だが、直接の関係はなく、半二が門左衛門に私淑して近松姓を名乗った。
近松半二こと穂積成章は、儒学者で浄瑠璃好きの父のもとで育ち、道頓堀の竹本座に通ううちに浄瑠璃を書くようになる。同時代の歌舞伎作者、並木正三と半二を幼馴染みの関係としたフィクションの設定が物語を魅力的なものにしている。
人形浄瑠璃は日本の芸能の中でも特に人気の波が激しく、これまでに何度も存続の危機を迎えている。半二の時代も、現代に繫がる三人遣いが成立して数々の名作が生まれたにもかかわらず、歌舞伎に人気を奪われ、長期的には低迷が続いていた。
古今東西、どんな芸術、芸能もそれのみで存在するものはない。先行作品や他の芸能、現実から影響を受け、混ざり合い、人々のさまざまな思いを飲み込み、その渦から新たなものが生まれる。小説の山場は「妹背山婦女庭訓」を書き上げる場面。渦の中で、半二は運命のようにその物語に辿り着く。