個人の決定が尊重される時代であっても、誕生だけは当人の意志で左右できない。ならば命を生み出すことは、一方的な欲望の押しつけなのか。
本書は芥川賞受賞作「乳と卵」と前半部が重なっている。続編というよりも、全面的に書き換え、大幅に加筆した物語と言った方が正確だろう。
「乳と卵」では、豊胸手術をしようと上京してきた姉、性を意識し始めた姪との数日間が描かれたが、本作では、その数年後、異性との接触に抵抗を感じるものの、AID(ドナーによる人工授精)という選択肢を知った「わたし」の気持ちの揺れが物語の主題となる。
命の誕生を無条件に賛美する声にも、反出生主義にも、どちらにも真実がある。AIDで生まれた当事者らとの出会いを通じて「わたし」の迷いは深まっていく。物語に結末はあるものの、結論はない。普遍的、根源的な問いを正面から描き、物語の力を感じさせる熱量のある作品。