加藤文太郎「単独行」
“孤高の人”として知られる加藤文太郎(1905~36)。戦前、パーティーを組むのが常識だった登山に単独で挑み、冬季槍ケ岳などで数々の単独登頂記録を残して「不死身の加藤」とも呼ばれた。
しかし、本人の文章からは、ストイックな超人というイメージは感じられない。ここに書かれている山行が国内の登山黎明期のことだと知らなければ、職場に気を使う休日登山家くらいの印象だろう。
臆病だからこそ単独行者になるという自己分析にとても共感する。
「彼の臆病な心は先輩や案内に迷惑をかけることを恐れ、彼の利己心は足手まといの後輩を喜ばず、ついに心のおもむくがまま独りの山旅へと進んで行ったのではなかろうか。(中略)彼はどれほど長いあいだ平凡な道を歩きつづけてきたことか、また、どれほど多くの峠を越してきたことか。そして長い長い忍従の旅路を経てついに山の頂きへと登って行ったに違いない」
大部分を占める山行記録は特に面白い読み物ではないが、素朴な文章が心地良い。