若者の心象風景を独特の文体で描き、その何もない空虚さが不思議と強い印象を残す。
タイトルが秀逸。二十歳前後の大抵の男女は、「愛」と言い切れるほど強い感情は抱いていないし、絵に描いたような青春もしてないし、どこにも旅立たない。でも悟りを開いたかのように泰然として生きているかといえば、そうではなく、本人にも捉えきれない複雑な感情を抱えてふらふらとしている。
物語の中心は4人の男女の関係。主人公の大学生は恋人がいながら女友達に惹かれていていって、恋人に別れを告げられると今度はよくわからない絶望の淵に沈んでいく。そこにはフィクションにつきものの、鮮やかなドラマも、身を切られるような葛藤も無い。
演劇出身の作家らしく、著者の作品は独特のつたない(狙いか技量不足か分からない)口語体に近い文章で綴られていて、それが「夏の水の半魚人」と同じく、今作でも大学生くらいの若者の日常を描く上で効果を発揮している。登場人物が言葉にできない感情は、著者も文章にしない。従来の小説なら内面描写が続くような場面でも、すぐに打ち切ってしまう。一方で、妄想のような非現実の描写が現実の場面に食い込んでくる。
中味が無いかのように見える日々でも、心には何かが積もっていく。どこかリアルな手触りがある不思議な作品。