あの日、僕は旅に出た

蔵前仁一「あの日、僕は旅に出た」

初めてのインド、仕事を捨てての長旅、「遊星通信」の発行、「旅行人」の出版、休刊……蔵前仁一の30年。

「深夜特急」の沢木耕太郎や「印度放浪」の藤原新也に憧れて旅に出た人は多いだろうが、旅に精神性を求めない普通の個人旅行者のスタイルを定着させたのはこの人だろう。旅行記にありがちな、自分探しのナイーブさも、インドかぶれのような説経臭さもそこには無い。

80年半ば、イラストレーターとして働いていた著者は、知人の勧めでインドを訪れ、街の光景と、そこを旅する長期旅行者の姿に衝撃を受ける。

「インドがあんなところだったなんて、僕は今まで想像だにできなかった。インド以外のこともなにも知らない。旅行者が話をしていた世界のこともなにも知らない。僕は本当になにも知らないのだ。なにも知らなかったということを初めて知った」

帰国後に“インド病”を発症し、仕事に区切りを付けて長期の旅へ。

旅に意味など無い。「世界をリアルに感じたい」。ただそれだけで憑かれたように旅をし、自らの世界が広がり、変わっていく驚きと喜び。“自分探し”などしなくても、旅をすれば、人は少しずつ変わっていく自分を発見する。

「この世界をリアリティを持って感じられることが、僕にとって切実な欲求だった。(中略)一歩、外へ足を踏み出すと、僕の知らない世界が果てしなく広がっている。それを見ずして、どうやって人生を過ごせというのか。有名になどならなくてもけっこう。世界を見たい。リアルに感じたい。それだけが僕の願いだった。そして、旅は無限におもしろく、どこまでも自由だった」

今思えば自分も、その土地を、そこに住んでいる人の顔を、少しでも具体的に思い浮かべられるようになりたい、想像力を補う、ただそのために旅をしていたように思う。

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