日野啓三の短編集。表題の二作に加えて、戦地で失踪した記者の行方を追うデビュー作の「向こう側」など全八作を収録。幼年時代を植民地の京城で過ごし、その後に新聞記者としてベトナムやソウルで特派員をしていた自らの経験を下敷きとした私的な作風ながら、そこに戦後日本で都市生活を送る虚無感のようなものが滲んでいる。
「あの夕陽」は芥川賞受賞作。主人公の男は張り合いの無い妻との関係に疲れ、ソウル特派員時代に知り合った韓国人の女性に惹かれていく。ただの人間ドラマとしてみれば身勝手な男の姿を描いているだけだが、そこに戦後の日本社会に対する倦怠感や息苦しさを読み取ることができる。