ある男

平野啓一郎「ある男」

ミステリータッチの物語に、アイデンティティーを巡る問いかけや、さまざまな社会問題に対する考察を盛り込んだ意欲作。

人間関係において――特に愛において――過去はどういった意味を持つのだろうか。再婚して幸せな家庭を築いた相手が事故で急死し、彼の語っていた過去と身許が別人のものであったことが分かる。残された妻から依頼を受けた弁護士、城戸は、調査を進めるうちに彼が戸籍を別の人物と交換していた事実に辿り着き、その複雑な半生を知る。

他人の人生を生きることを選んだ男の半生と同時に、城戸自身の過去も綴られる。城戸は帰化した在日三世で、自身のアイデンティティーからも、冷え切った夫婦関係からも目をそらして生きてきた。自分は何なのか、もっと別の生き方があったのではないか、人生の不思議を巡る自問の中で、他者への想像力のあり方という社会に対するメッセージが浮かび上がる。

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