千々にくだけて

リービ英雄「千々にくだけて」

日本に9.11を正面から扱った作品はあまり無い(自分が寡聞にして知らないだけかもしれないけど)。他人事ではない衝撃を受けた人は作家にも多いと思うが、それについて語るべきものが日本文学の土壌には無いのかもしれない。

表題作と、その後日譚的な小品「コネチカット・アベニュー」、関連エッセイ「9.11ノート」に、9.11以前に書かれた短編「国民のうた」を収録。

日本で暮らす男がカナダ経由で米国に帰ろうとし、その途中でテロが起こる。米国の国境は封鎖され、彼はカナダで無為な日々を過ごすことになる。

米国出身で、母語ではない日本語で小説を書き続けている著者自身の実体験を大きく反映しているだろう表題作には、平易な日本語の文体の中に時折英語が挟まれ、目の前の事態をどう捉えたらいいか分からない戸惑いが率直に綴られている。

とにかく静かな小説だ。テレビや電話の場面があっても、そこで発せられた声や音は、主人公の耳にも読み手のこちらにも残らない。文章は、英語と日本語の響きとその違和感を確かめるように一つ一つの言葉の前で立ち止まる。

しかし、母国や母語が曖昧である人物を描いた、あるいはそうした出自を持つ作家の作品の定番でもある葛藤はここにはない。著者がどこまで意図したものかは分からないが、ただ空虚さだけが印象に残る。そしてその空虚さが、21世紀の日本で妙にリアルに迫ってくる。

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