生きて帰ってきた男

小熊英二「生きて帰ってきた男 ―ある日本兵の戦争と戦後」

著者の父の半生を聞き取りでまとめたもの。小熊英二の父、謙二は敗戦後にシベリアに抑留された経験を持つが、その生涯は平均的なもの(それは典型的なイメージ通りの人生ということを意味しない)で、決してドラマチックではない。だからこそ、一人の個人史から時代を描く試みが成功している。

戦前、戦中、戦後が等価に扱われていて、特に興味深く読んだのが戦後の部分。職業と住居を転々とする生活は、戦後日本を語る際に使われる「総中流」という言葉や、高度経済成長後に定着した終身雇用のサラリーマンといったイメージからは遠いが、これこそが当時の日本社会の実態に近かったのだろうと思わされる。やがて事業が成功し、郊外の住居に落ち着き、地域活動や市民運動に参加するようになる。一人の元日本兵の、平和主義的な思想の形成史としても興味深い。

父の物語という点では、城戸久枝「あの戦争から遠く離れて」、松本仁一「兵隊先生」などが印象に残っているが、この本は研究者による本だけあって、極めて地味で、丁寧な聞き取り。オーラル・ヒストリーのお手本というべき一冊となっている。

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