著者の小説は、悲劇でもなければ喜劇でもない、日常描写のような場面が淡々と続き、それでいて読み終えると日々の風景の見え方が変わったような気がする不思議な手触りがある。
本書はタイトルだけを見ればハウツー本のようだが、小説の書き方というより、小説論といった内容。著者は小説とは何かを繰り返し問う。
“読んでいる時間の中”にしか小説は存在しないと著者は書く。要約できる物語ではなく、一文字ずつ文章を追いながら体験することが小説だと。ドストエフスキーも、中上健次も、村上春樹も、要約してしまえば作品の核のようなものは失われる。その失われてしまう何かこそが小説として書く意味があるものであり、それを別の言葉に置き換えることはできない。
文庫版には、著者の各作品について、どういったことを考えながら書いていたを綴った創作ノートが巻末についていて、これだけでも読む価値がある。
「小説の書き方」のような本には、テクニックを書いたノウハウ本(こちらの大半はほとんど読む価値がない)と、それを書いている作家の哲学が分かるものがあるが、後者は小説や表現についての新たな視座を与えてくれることが多い。
日本推理作家協会が出している「ミステリーの書き方」なども、いかにも書き方を説く本のようだが、内容は作家への聞き取りで構成され、それぞれの小説観や創作姿勢が分かり、作家志望者よりもミステリーファン必読の内容となっている。