表題作以外の短編も同じ集落を舞台にしており、全体として土地を描いているという点では中上健次などに連なるものを感じさせる。ただ良くも悪くも中上ほどの破綻は無く、神話的な重力はない。
芥川賞受賞作でもある表題作は、家を出ていった外国人の夫との間に生まれた幼い息子を連れて里帰りした女性の視点で綴られる。美しい外見の一方、感情や行動が読めない癇癪持ちの息子と、何かにつけて無遠慮な田舎の空気。生きづらさを前に文章は感傷に流れず、心の乱れを端正な筆で抑制的に追う。
併録の別の短編が、その土地に住む人々の姿を立体的に浮かび上がらせ、物語に奥行きが生まれる。ローカルな描写、平凡な日常の中から普遍的な人間の物語が立ち上がる。