犬丸治「『菅原伝授手習鑑』精読 ―歌舞伎と天皇」
道真伝説を題材とした作品の代表ともいえる「菅原伝授手習鑑」の読み解き。ただの解説にとどまらない刺激的な内容で、予想外の面白さ。
やがて神となる菅丞相は、物語の序盤から無謬で不可侵の存在として描かれ、全てがそこへと捧げられる。奇跡は菅丞相には起こっても、周りの人間には起こらない。
特に、忠義のために我が子を犠牲とする寺子屋の段。これを異常ととるか理想ととるかは、時代を映す鏡とも言える。夫婦の「せまじきものは宮仕え」という嘆きは、明治以降、天皇制が強化される中で「お宮仕えはここじゃわい」と書き換えられる。夫婦の苦しみは、主君への絶対的な忠誠を美徳とする時代に飲み込まれてしまった。
一見すると忠義が全てという物語は現代の目から見れば異常だが、それでも心を動かされるのは、随所に人間性の発露があるからだろう。今再び「せまじきものは~」の嘆きが名場面として上演される時代となったことを幸せに思う。