竹本住太夫「七世竹本住大夫 私が歩んだ90年」
住大夫の自伝や聞き書きは既に何冊か出ているが、細かく丁寧なインタビューで決定版とも言える出色の出来。本人や文楽の歴史にとどまらず、大阪の街と上方文化に関する貴重なオーラルヒストリーとなっている。
“大大阪”の華やかな都市文化に囲まれて育った幼少期から、出征、大陸で迎えた終戦、戦後の極貧の中での修業時代。具体的なエピソードや名前が次々と出てきて、その記憶の鮮やかさに圧倒される。
87歳で脳梗塞に倒れ、7ヶ月後に驚異的なリハビリを経て復帰。「リハビリも浄瑠璃もみんな一緒やな」と語り、普通の人はそこまでできない、とのインタビュアーの指摘には「それが私、おかしいてね。ちょっとでもようなろうと思うたら、するのが当たり前でっしゃろ」。90歳を目前に、思うように語れない悔しさから涙を流してリハビリに食らいつく。これほどの気力を、自分は生涯にわたって持ち続けることができるだろうか。
全編を通じて柔らかい大阪言葉で綴られており、失われてしまった上方の空気を感じることが出来る点でも貴重な一冊。